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【九大医学科A判定】定期テスト高1・高2で「学年1位」を取り続けた驚きの勉強法とは!?【後期 宮崎大学医学科 主席】

こんにちは!

宮崎大学医学部医学科のKです! 私は大阪府の出身で、前期日程で九州大学医学科を受験しました。共通テストの時点ではA判定、それも合格圏内のかなり上のほうにいたのですが、二次試験で数学が劇的に難化してしまい、あえなく不合格となってしまいました。数学は運の要素も大きく絡む科目ですので、本番の魔物に飲み込まれてしまったのだと思います。

その後、後期日程で現在の宮崎大学医学科を受験し、なんとか合格を掴み取ることができました。医学科で後期日程を実施している大学は全国的に見ても非常に少なく、私が受験した年の倍率はなんと30倍から40倍という凄まじい数字でした。英語の厳しい試験を乗り越えて、ギリギリのところで拾ってもらえたという経験を持っています。

今回は、そんな波乱万丈な受験を経験した私が、高校時代に実践していた「驚きの勉強法」や「メンタルコントロール」、そして現代の受験生や社会人にとって最大の敵である「スマホとの付き合い方」について、たっぷりとお話ししたいと思います。

医学部を目指す中高生の皆さん、そしてブランクを乗り越えようと頑張っている浪人生や社会人の皆さん。毎日の勉強、本当にお疲れ様です。 「頑張りたいのに、どうしてもスマホを見てしまう」「周りの人がみんな自分より頭が良く見えて、焦って胃が痛くなる」ということ、ありますよね。私も全く同じように悩み、苦しんできました。 今日は、皆さんの心が少しでもふっと軽くなり、明日からまた机に向かうための「新しい視点」をお届けできれば嬉しいです。


目次

第一章:「エリートだから学年1位」という幻想と、孤独なプレッシャー

まずは、医学部を目指す人によく向けられる「あるあるな誤解」についてお話しさせてください。

「医学部に受かるような人は、最初から天才で、息をするように勉強できるんでしょ?」 「ずっと学年トップを走り続けるなんて、メンタルが鋼のように強いに違いない」

世間ではよくそんな風に言われますよね。私自身、高校1年生から高校2年生にかけて、学校の定期テストでずっと「学年1位」を取り続けていたので、周りからは「あいつは別格だ」「天才だ」と思われていたかもしれません。私が通っていたのは中高一貫の私立校で、学年全体の中で医学部に進学するのは数名から多くて15名程度、旧帝大に進むのも15名程度という、それなりの進学校でした。

しかし、私が学年1位を取れたのは、決して私が天才だったからではありません。

高校1年生の6月、高校生になって初めての定期テスト(中間テスト)がありました。 中高一貫校という環境の特性上、高校受験がありません。そのため、多くの中学生から高校生に上がったばかりの同級生たちは、「受験もないし、部活や遊びを全力で楽しもうぜ!」というお祭りムードに包まれていました。

そんな中、私はただ単に「今まで通り、普通に真面目に」勉強を続けていただけなのです。周りが盛大に遊んで油断している隙に、自分だけがコツコツと真面目にやっていた。その結果、初めてのテストでポンッと「学年1位」を取ってしまったのです。

なんだかラッキーな話に聞こえるかもしれませんね。 でも、ここからが私にとっての本当の地獄の始まりでした。

一度「学年1位」という称号を手にしてしまうと、周りの見る目が一変します。先生からの期待、親からの期待、そして友人たちからの「今回もどうせお前が1位だろ?」という無言のプレッシャー。 最初は「次も頑張ろう」くらいに思っていたのですが、2回、3回と1位を連続して取ってしまうと、もう「絶対に成績を下げられない」という強迫観念に縛られるようになってしまいました。

当時の私の頭の中は、まさに「1位か、それ以外か」という、ある種のカリスマホストのような極端なメンタリティに支配されていました。

「もし次で2位に落ちたら、周りからどう思われるだろう」 「今までのはまぐれだったって、馬鹿にされるんじゃないか」

そんな恐怖とずっと一人で戦い続けていたのです。その結果、どうなったと思いますか? 高1の終わりから高2にかけて、私はテスト前になるたびにプレッシャーでお腹が痛くなり、時にはトイレで吐いてしまうほど、心と体に異常をきたしてしまいました。自分を過剰に追い込みすぎていたのです。

医学部を目指す皆さんも、模試の判定や定期テストの順位で、自分自身を過剰に追い詰めてしまうことがあると思います。

とはいえ、ここで皆さんにお伝えしたいのは、「そこまで自分を追い詰める必要は全くない」ということです。 もちろん、高い目標を持つことは素晴らしいことです。しかし、受験は長期戦です。心と体の健康をすり減らしてまで手に入れた成績は、どこかで必ず綻びが出ます。完璧主義になりすぎず、「今の自分にできることを、一つずつやればいいんだ」と、少しだけ肩の力を抜いてあげてくださいね。


第二章:睡眠を削る?いえ、私は「授業」に全てを懸けました

さて、そんなプレッシャーの中で、私はどうやって成績を維持していたのでしょうか。

「毎日徹夜して、睡眠時間を削って猛勉強していたんでしょ?」と思われるかもしれません。 巷の受験アドバイスでも、「難関大に行くなら、1日10時間勉強は当たり前だ」「睡眠時間は削ってでも机に向かえ」といった厳しい言葉を見かけることがありますよね。

しかし、私にはそれが物理的に不可能でした。

私は小学校の頃からずっとサッカーを続けており、高校でもサッカー部に所属していました。このサッカー部が、なかなかにハードだったのです。 平日は、学校の授業を朝から夕方までみっちり受けた後、グラウンドに出て遅くまでボールを追いかけます。さらにその後、部員全員でグラウンドを何周も走らされるという過酷なペナルティのようなメニューが待っていました。

ヘトヘトになって家に帰り、なんとかお風呂に入って夕飯を食べ終わる頃には、もう全身のエネルギーが空っぽです。 机に向かって問題集を開いても、5分後にはまぶたが重くなり、気づけば意識を失うように寝てしまっている。そんな毎日の繰り返しでした。

「平日の夜に、家で何時間も勉強するなんて絶対に無理だ」 そう悟った私は、ある一つの結論に辿り着きました。

それは、「学校の授業の時間を、極限まで濃密なものにするしかない」ということです。

社会人の方であれば、「仕事終わりに勉強する体力がないから、通勤時間や昼休みの数十分を究極に集中する」という感覚に似ているかもしれません。 私は、1日6時間ある学校の授業中、先生が発した言葉を「一言たりとも漏らさないぞ」という凄まじい執念を持って、席に座るようになりました。

第三章:ノートは書かない。先生と「見つめ合う」独自メソッド

「授業を真面目に受ける」と聞くと、皆さんはどんな姿を想像しますか?

おそらく、先生が黒板に書いた文字を、色とりどりのペンを使ってノートに綺麗に書き写し、教科書の大事なところにマーカーを引く。そんな姿を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。 これは、学校の先生からもよく推奨される「正しい授業の受け方」ですよね。

そうは言っても、私はその一般的な常識とは全く違うアプローチを取っていました。

私が授業中に何をしていたかというと、**「ただひたすらに、先生の顔と目を見つめ続ける」**ということをやっていたのです。

ある日、社会の先生の授業を受けている時に、ふと周りのクラスメイトを見渡してみました。すると、みんな一生懸命に下を向いてノートに文字を書いたり、教科書を読んだりしていて、誰一人として先生の顔を見ていなかったのです。

その時、私は「これはチャンスかもしれない」と直感しました。

皆さんも考えてみてください。定期テストの問題を作るのは、他でもないその「先生」です。 人が誰かに何かを教えようとする時、一番大事なポイントやテストに出したくなるような核心部分は、必ず「声のトーン」や「身振り手振り」、そして「表情」に表れます。 板書というのは、あくまで情報を整理した記号に過ぎません。先生が本当に伝えたい熱量や、「ここ、ひっかけ問題にしやすいんだよね」という暗黙のサインは、先生自身を観察していなければ絶対にキャッチできないのです。

私は、50分の授業のうち、30分くらいはずっと先生と目を合わせながら話を聞いていました。 先生が「ここは大事だぞ」と力を込めて言った時、大きく頷いてみせる。先生が面白い冗談を言ったら、しっかりと笑う。 そうやって先生と「コミュニケーション」を取りながら授業を受けるようにしたのです。

これには、もう一つ大きな副産物がありました。 私がずっと目を見て頷いているので、先生のほうも無意識のうちに私に向かって話しかけるようになっていくのです。まるで、数十人のクラスでありながら、私と先生の「1対1の個別指導」を受けているかのような贅沢な状態が生まれました。

そして、この「先生をガン見する」という手法は、記憶の定着にも驚くべき効果を発揮しました。

テスト前に家で一人で問題集を解いている時、分からない問題にぶつかることがありますよね。 普通なら「えーっと、ノートのどこに書いてあったっけ?」と板書のレイアウトを思い出そうとします。しかし、私はノートをあまり一生懸命書いていなかったので、板書は浮かびません。 その代わりに、**「あ、この問題、あの時先生が身振り手振りを交えながら、ちょっと得意げな顔で話していたやつだ!」**という、映像と感情の記憶が鮮明に蘇ってくるのです。

先生が毎回使う独自の例え話や、教科書には載っていない先生オリジナルの論理展開。それらが、記憶を引き出すための強力な「フック」となって、私の脳に深く刻み込まれていました。

もちろん、この方法が全員に合うとは限りません。 耳で聞くより目で文字を追った方が理解しやすい人もいます。しかし、「ただノートを綺麗に写す作業」に満足してしまっている人がいれば、ぜひ一度ペンを置き、先生の表情や言葉のニュアンスに全神経を集中させてみてください。 授業という時間の景色が、全く違って見えるはずです。

第四章:テスト前、私が「自習室に行かなかった」理由

こうして日々の授業の密度を極限まで高めつつ、いざテストの2週間前になり、部活が休みに入ると、私の生活は一変します。 ここからは、溜め込んでいたエネルギーを爆発させるように「猛勉強」の期間に入ります。

ここでまた一つ、受験生の世界における常識に触れてみたいと思います。 「テスト前や受験期は、学校の自習室や塾の自習室に夜遅くまで残って、みんなで切磋琢磨しながら勉強するのが王道だ」という考え方です。 確かに、周りが頑張っている環境に身を置くことで、モチベーションが上がるというメリットは計り知れません。

とはいえ、私はあえてその逆を行きました。

放課後、ホームルームが終わると、周りの友人たちがこぞって自習室へ向かう中、私はカバンを持ってまっすぐ自分の家に帰宅していたのです。

なぜかというと、私は「メリハリ」と「自分だけの空間」を何よりも大切にしていたからです。 学校にいる間、特に休み時間は、私は勉強を一切しませんでした。その時間は、友達と他愛もない話をして笑い合ったり、思い切り遊んだりして、脳を完全にリフレッシュさせることに使っていました。次の授業に100%の集中力で臨むためには、この「抜く時間」が絶対に必要だったのです。

そして放課後。友達が「俺、今日自習室で8時までやるわ」と言っているのを横目に、「じゃあ、お疲れ!」と一人でさっそうと帰る。 ちょっと恥ずかしい話ですが、当時の私には「周りと同じことを群れてやるのではなく、一匹狼で結果を出す」という、謎の「カッコつけ」の感情もありました。

でも、家に帰ったらそこからは修羅です。 ご飯とお風呂の時間以外は、ひたすら自分の部屋にこもり、誰の目も気にせず圧倒的な集中力で勉強に向き合いました。

周りから見れば、「あいつ、休み時間はいつも遊んでるし、放課後もすぐに帰るのに、なんであんなに点数が取れるんだ?」と不思議に思われていたでしょう。 でも、その裏には「見えないところでの圧倒的な努力」と、自分自身に合った「環境選び」があったのです。 皆さんも、必ずしも自習室という場所にこだわる必要はありません。自分が一番集中できる、一番心地よい環境を、自分で選んで作っていけばいいのだと思います。

第五章:最大の敵「スマホ」との戦い。意志の力なんて信じない

さあ、ここからが今日一番お伝えしたい、非常に重要なテーマです。

自宅で一人で勉強する。自由な時間が増える。 そうなった時に、私たちの前に立ちはだかる最強で最悪の魔物。それが「スマートフォン」です。

勉強しなきゃいけないのは分かっている。でも、ちょっとだけLINEの返信をしようと思ってスマホを手に取ったら、気づけばYouTubeで関連動画を1時間も見続けてしまっていた。 「うわ、またやっちゃった…俺ってなんて意志が弱いんだろう」と激しい自己嫌悪に陥る。 こんな経験、誰もが一度や二度、いや何十回とあるのではないでしょうか。社会人の方なら、仕事の疲れを言い訳に、通勤電車や帰宅後のソファで延々とSNSをスクロールしてしまうこともあると思います。

世間ではよく、「スマホはタイマーとして使おう」「学習アプリを入れて有効活用しよう」といった、スマホと上手に付き合うためのアドバイスが溢れています。

というわけで、ここで私の結論を言わせてください。 「受験生がスマホと上手く付き合うことなんて、絶対に不可能です。」

私は高校生の当時から、「スマホは自分の人生を狂わせる、本当に恐ろしい道具だ」と心の底から恐怖を感じていました。この小さな板切れは、あっという間に人間の時間を食いつぶし、思考力を奪っていきます。

だからこそ、私は「自分の意志の力でスマホを我慢する」という不可能な挑戦をあっさりと諦めました。 代わりに徹底したのが、**「物理的に距離を置く仕組み作り」**です。

まず、学校には絶対にスマホを持っていきませんでした。 今の高校生は当たり前のように学校にスマホを持っていき、通学中の電車や休み時間に触っているかもしれません。しかし、家に置いていくというただそれだけで、1日のうち半日以上、スマホと完全に切り離された「デジタルデトックス」の状態を強制的に作ることができるのです。

そして、家に帰ってきてからも罠が潜んでいます。 私は、自分の勉強部屋に「スマホの充電器」を絶対に置かないというルールを作りました。 スマホの充電器は、1階のリビングのコンセントに固定して刺したままにしておいたのです。私の部屋は2階にありました。

これがどういう効果を生むか、お分かりでしょうか?

自分の部屋で勉強していて、つい魔が差してスマホをいじり始めるとします。当然、バッテリーはどんどん減っていきます。 充電が切れそうになった時、充電するためには、わざわざ部屋を出て、階段を降りて、1階のリビングに行かなければなりません。 この「階段を降りてリビングに行く」というほんのわずかな行動が、面倒くさがりな人間にとってはとてつもなく高いハードルになるのです。

結果として、「わざわざ下に降りてまで充電しながらスマホを触るくらいなら、もう勉強に戻ろう」という心理が働きます。 気合いや根性で欲望を抑え込むのではなく、人間の「面倒くさい」という感情を逆手に取った、物理的な防波堤を作ることが、スマホ対策の唯一の正解だと私は信じています。

「でも、勉強中に分からない言葉を調べるのにスマホが必要じゃないですか?」という反論もあるでしょう。 確かにそうですね。 とはいえ、学年1位を取り続けていた私が、勉強中にスマホを一切手元に置いていなかったという事実があります。スマホがなくても、辞書を引いたり、付箋を貼って後でまとめて先生に聞いたりすれば、勉強は十分に回るのです。 「調べ物があるから」というのは、スマホを手元に置いておくための、甘い言い訳に過ぎないのかもしれません。

第六章:SNSの魔力と、人類の歴史が教えてくれること

スマホの問題に関連して、もう一つ避けて通れないのが「SNS」、特にインスタグラムなどの存在です。

私の高校時代も、すでにインスタグラムが全盛期でした。同級生はみんなアカウントを持ち、日々の出来事をストーリーにアップしていました。 例に漏れず、私も最初はインスタをやっていましたし、テスト期間中であっても、友達の投稿が気になってつい見てしまっていました。

「友達が今何をしているのか」「自分だけが仲間外れにされていないか」 そんな不安が常につきまとい、勉強に全く集中できなくなってしまったのです。

「これは本当にまずい」と危機感を抱いた私は、インスタのアプリを消すことを決意しました。 しかし、ここで問題が発生します。 「自分だけ」がアプリを消したところで、明日学校に行けば、周りの友達は「昨日のあいつの投稿見た?」という話題で持ちきりになります。自分だけがその話題についていけないという状況は、高校生にとってとてつもない恐怖であり、結局気になってまた再インストールしてしまうのがオチです。

そこで私が取った行動は、**「仲の良い4人グループ全員を巻き込んで、一緒にアプリを消すこと」**でした。

一緒にご飯を食べたり、部活をしたりする一番身近な仲間たちに、「テスト期間中はお互いのために、一緒にインスタ消そうぜ」と提案したのです。 ちょっとしたノリと、先ほどお話ししたような「俺たち、SNSに縛られてなくてカッコいいだろ」という尖った感覚も手伝って、みんな快く賛同してくれました。

自分がいつも一緒にいるコミュニティの中でSNSの話題が出なくなれば、他人の生活なんて本当にどうでもよくなります。不思議なほど、気にならなくなるのです。

ここで、一つ面白いお話をさせてください。 『サピエンス全史』のような人類の歴史について書かれた本を読むと、非常に興味深いことが分かります。

人類が地球上に誕生してから、長い長い間、私たちは狩猟採集の生活を送ってきました。 その時代、人間が生き残るために最も重要だったのは「コミュニティ内の情報」でした。誰が誰と仲が良いのか、誰が裏切ろうとしているのか。そういった「噂話」をいち早くキャッチできなければ、群れから追放され、死に直結する時代が数万年も続いたのです。

それに比べて、私たちがスマホという便利な道具を手にしてからの歴史なんて、人類の歴史という長大な定規で見れば、ほんの「点」の1つにも満たない短い期間です。

つまり、私たちの脳の構造は、未だに「狩猟採集時代」のままであり、他人の噂話や動向が気になってしまうのは、人間の「生存本能」として深くすり込まれているものなのです。

だからこそ、SNSが気になって勉強に手がつかない自分を「なんてダメなやつなんだ」と責める必要は全くありません。それは、あなたが弱いからではなく、人間として当たり前の本能だからです。

本能に気合いや根性で打ち勝とうとするのは無謀です。 だからこそ、私のように「物理的にスマホを遠ざける」「周りの環境ごと変えてしまう」といった、具体的な仕組み作りで対処していくしかないのです。心が少し、楽になりませんか?

結び:「たまたま」を「自分の実力」だと信じ込む勇気を

ここまで、私が高校時代に実践していた授業の受け方や、スマホとの過激な戦い方についてお話ししてきました。

私が最初にお腹が痛くなるまで自分を追い込んでしまったのは、「たまたま取れた1位を失いたくない」という恐怖からでした。 皆さんも、テストや模試でたまたま良い点数が取れた時、「今回はまぐれだ」「問題が自分に合っていただけだ」と、謙遜してしまいがちですよね。周囲からも「今回は上振れしたね」なんて言われることもあるかもしれません。

しかし、テストというのは、決してサイコロを振って点数が決まるわけではありません。 先生がしっかりと練り上げて作った問題に対して、あなた自身が考え、答えを導き出した結果です。 もし良い点数が取れたのなら、それは間違いなく「あなたの実力が出た結果」なのです。

「謙虚さ」は大切ですが、受験においては時に「いい意味での勘違い」が爆発的な推進力を生み出します。 「自分はこれくらいできる人間なんだ!」「次も絶対にこの点数を取れる実力があるんだ!」と思い込むことで、それが自信となり、さらなる努力へのガソリンに変わっていきます。

もちろん、最初にお話ししたように、体調を崩すほど自分を追い詰めるのは本末転倒です。 心と体の声にしっかりと耳を傾け、休む時は休む。でも、自分の可能性については、誰よりも自分自身が信じてあげてください。

というわけで、今回は私の「高1高2時代の勉強法とメンタル」についてのお話でした。 受験勉強は長くて険しい道のりですが、自分に合った仕組みを作り、本能をうまくコントロールしながら進んでいけば、必ず道は開けます。

今、机に向かっているあなたのその努力は、決して無駄にはなりません。 無理をしすぎず、でも自分を信じて、一歩ずつ前に進んでいきましょう!

心から応援しています!ありがとうございました!

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この記事を書いた人

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