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【宮崎大医学部】医師を目指した理由と予備校選び!二浪経験から語る医学部受験のリアル

こんにちは! 全国の医学部受験生をサポートするオンライン塾「ローカルメディ」のラジオ番組、「頭がすごく良くなるラジオ」でお送りしております。宮崎大学医学部医学科4年の伊地知隼と申します。

私は高校卒業後、2年間の浪人生活を経験しました。つまり、合計で3回の医学部受験を経験したことになります。そして、その浪人期間中に2つの全く異なる予備校に通いました。現在はここ宮崎大学医学科にご縁をいただき、充実した医学生としての日々を送っています。本日はよろしくお願いいたします。

今日はこんなことを書きたいと思います。 1つ目は、私がそもそもなぜ医学部医学科を目指したのかという、少し意外かもしれない「きっかけ」について。 そして2つ目は、私の2年間の浪人経験と2つの予備校での体験を元にした、「絶対に失敗しないための予備校の選び方」についてです。

一般的に、医学部受験を目指す界隈や、学校の先生たちの間では、「医学部を目指すからには、幼い頃にブラックジャックを読んで感銘を受けたとか、海外の医療ボランティアを見て衝撃を受けたといった、崇高で立派な志が最初からなければならない」というようなプレッシャーをかけられることがよくあるように感じます。 また、予備校選びに関しても、「医学部に行くなら、とりあえず一番有名な大手予備校に行っておけば間違いない」「大手なら最強のデータとカリキュラムがあるから安心だ」というような、少し思考停止気味なアドバイスがされることが少なくありません。

しかし、私はそれらの考え方に対して、少しだけ疑問と新しい視点を持っています。 今日は、私が医学部を目指した理由が、実は「身近な環境といい意味での洗脳」であったという少し恥ずかしいエピソードをお話しします。 さらに後半では、1浪目に大手の予備校に通って見事に失敗し、2浪目に地元の小さな予備校に変えて合格を掴み取った私のリアルな実体験を交えながら、大手の隠れた落とし穴と、自分に合った環境の選び方について、たっぷりと語っていきたいと考えています。

今、果てしなく高い医学部の壁を前にして、毎日机に向かっている中高生の皆さん。 そして、朝から晩まで予備校の重苦しい空気の自習室にこもり、「自分には面接で語れるような立派な志望理由がないのではないか」「大手予備校の素晴らしい授業を受けているはずなのに、なぜか成績が全く伸びない」と、見えない未来への恐怖に不安を抱きながら浪人生活や再受験に挑んでいる社会人や浪人生の皆さん。

「よし、今日こそはあの有名な先生に質問に行こうと職員室の前に並んだものの、20人もの大行列を見て心が折れ、結局分からない問題をそのままにして家に帰ってしまう」

「朝起きられなくて予備校の授業をサボってしまったけれど、マンモス校だから誰にも気づかれず、妙な安心感と強烈な自己嫌悪の板挟みになって苦しむ」

そんな風に思い悩んでしまうこと、ありますよね。そのお気持ち、私には痛いほどよく分かります。 私も受験生時代は、特別な理念がない自分に引け目を感じ、大手の予備校で誰にも気づかれないまま成績が低迷し、自分自身の甘さと一人で葛藤していたごく普通の学生だったからです。

しかし、私が悩み抜いた末に合格できた道のりを振り返ってみると、決して「最初からナイチンゲールのような立派な志を持っていたから」でも、「大手予備校の完璧なカリキュラムをロボットのようにこなしたから」でもないという真実が見えてきます。 皆さんが心の中に抱えている「立派な理由がない自分への焦り」や「予備校のシステムと合わない孤独感」という深い不安に優しく寄り添いながら、明日からの勉強が少しでも前向きになるような、心がスッと軽くなるヒントを、私のリアルな経験を交えてお話しさせていただきます。

目次

第一章 崇高な理念なんてなかった。環境が作ってくれた医学への道

医学部面接の練習風景

ブラックジャックに憧れていない私

医学部を目指すにあたって、面接試験や志望理由書を書くタイミングで、多くの受験生が一度は頭を抱える問題があります。 それは、「なぜ自分は医者になりたいのか」という問いに対する、かっこいい答えが見つからないという悩みです。

周りの優秀なライバルたちは、「幼い頃に入院した時に優しいお医者さんに救われた」とか、「難病で苦しむ人を新薬の開発で救いたい」といった、面接官が涙を流して喜びそうな素晴らしいエピソードを持っていたりします。 それに対して、自分にはそんな劇的な原体験がない。 「ただなんとなく、理系で一番成績が良ければ行くところだと思っていた」とか、「親に言われたから」という理由しか思い浮かばず、「こんな自分は医学部に入ってはいけない人間なのではないか」とすら思ってしまうことがありますよね。

結論から言いましょう。 私にも、そんな崇高な理念やドラマチックなきっかけは、全くありませんでした。 私が医学部を目指した1番の大きな理由は、ただ単に「周りの環境がそうだったから」という、非常にありふれたものだったのです。

感謝の言葉が飛び交う日常の風景

私の家族や身内には、医者として働いている人がいました。 そのため、私は物心ついた頃から、医療という仕事の風景をとても近い距離で見て育ちました。 幼稚園や小学校の頃の私にとって、身近にいる大人の職業といえば、自分の親か、学校の先生くらいしか思い浮かばないような小さな世界でした。 その小さな世界の中で、医者という職業は、私にとって最も身近で、自然な存在としてそこにあったのです。

そして、その身内の働き方をそばで見ているうちに、子供心に感じることがありました。 それは、「医者という仕事は、本当にたくさんの人から尊敬され、そして深く感謝される、とても誇り高い仕事なんだな」ということです。

私がそれを一番強く実感したのは、季節の行事の時でした。 お正月になれば、家にたくさんの年賀状が届きます。 そこには、「先生、あの時は本当にありがとうございました。おかげさまで元気に過ごしております」というような、心のこもったメッセージがびっしりと書かれていました。 夏になれば、お中元がたくさん届きます。 それらもすべて、かつて命を救ったり、病気の苦しみから解放してあげたりした患者さんたちからの、深い感謝の印でした。

何年経っても「今でも感謝しています」と言ってもらえる仕事。 そんな光景を目の当たりにしているうちに、「いろんな人に関わりながら、人の命を助ける仕事って、すごくかっこいいな」と、私の中で少しずつ憧れの気持ちが膨らんでいったのです。 雷に打たれたような衝撃的なきっかけがあったわけではなく、日常の風景の中から、水が染み込むように自然と「医者になりたい」と思うようになっていったのが、私のリアルな原点です。

いい意味での洗脳と、高校の当たり前

さらに、私が「医学部を受験する」という具体的な行動にまで至ったのは、高校時代の環境が決定的な役割を果たしました。

私の通っていた高校は、周りの同級生たちも医学部を志望する人が非常に多い環境でした。 教室の中で進路の話になると、「将来何の職業になりたい?」という漠然とした話題よりも、「理系で成績がいいなら、当然医学部に行くよね」というような空気が流れていました。 さらに言えば、「医学部に行くかどうか」ではなく、「どこに住みたいか、どこの大学の医学部を受けるのか」という次元の話が、日常会話として飛び交っていたのです。

そんな環境の中に3年間もどっぷりと浸かっていると、人間の感覚というのは不思議なもので、それが当たり前になってきます。 「今日から私は医学部を目指すぞ!」と鉢巻を巻いて決意したというよりは、気づいたら医学部を目指すレールの上を走っていた、という表現の方が正しいかもしれません。

私はこれを、自分自身で「いい意味で洗脳されていた」と表現しています。 周りの環境が私を医学部へと導いてくれたおかげで、私は迷うことなく受験勉強に向かうことができました。 私が医学部を目指した理由は、このように決してドラマチックでも面白くもないかもしれません。 しかし、これでいいのだと私は思っています。

「とはいえ」、立派な理由がないと面接で落ちるのではないかと不安に思う人もいるでしょう。 でも、安心してください。 きっかけは「環境」や「なんとなく」であったとしても、そこから勉強を重ね、医学について知っていくうちに、「こんな医師になりたい」という自分なりの目標は必ず後からついてきます。 最初から完璧な志がなくても、今あなたが目の前の英単語を覚えようと必死にもがいているその事実こそが、医学部に入るための十分な資格なのだと、私は自身の経験から信じています。

第二章 大手予備校の罠。完璧なシステムと遠い距離

浪人生活の始まりと、福岡での寮生活

さて、ここからはテーマを大きく変えて、「予備校の選び方」についてお話ししたいと思います。 高校を卒業した後、私は現役での受験に失敗し、2年間の長い浪人生活を送ることになりました。 この2年間で、私は2つの全く異なる環境の予備校を経験しました。 現在、白谷塾のローカルメディで講師として働かせていただいている経験も踏まえて、それぞれの予備校の良いところと悪いところを、客観的な視点から包み隠さずお伝えしたいと考えています。

まず1浪目の時、私は地元である鹿児島県を離れ、福岡県にある誰もが知っている有名な大手の「A予備校」に入学しました。 親元を離れて寮に入り、「今年こそは絶対に受かってやる」と強い覚悟を持って新生活をスタートさせたのです。

ちょうどその年は、新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るい始めた2020年でした。 そのため、本来であれば対面で受けられるはずだった授業が、最初のうちはすべて映像授業へと切り替わってしまいました。 ゴールデンウィークが過ぎ、夏前くらいになってようやく対面授業が始まったという、かなりイレギュラーなスタートでした。 そのせいで、受験において最も大切だと言われる春先の基礎固めの時期が、少しだらっと流れてしまったという不運は確かにありました。

大手予備校の圧倒的なデータとカリキュラム

「そうは言っても」、やはり大手予備校のシステムは本当に素晴らしいものでした。 何がすごいかというと、長年の歴史と膨大な受験生のデータに基づいた「教材の質」と「カリキュラムの完成度」です。

大手予備校のテキストは、それさえやっておけば、どの大学の入試問題にも対応できるように緻密に計算されて作られていました。 「この分野は最近の医学部入試でよく出る」「このパターンの問題は差がつくから絶対に押さえておくべきだ」というような情報が、テキストの中に凝縮されているのです。 基礎が全くできていない初学者の状態からでも、カリキュラム通りに1から授業を受けていけば、自然と合格レベルの力が身につくようにデザインされていました。

さらに、全国規模の模試のデータも豊富です。 「この模試で何点くらい取っている人は、過去のデータから見てこの大学に何パーセントの確率で受かりますよ」という、非常に精度の高いデータと進路指導を提供してくれました。 この安心感と情報の多さは、大手予備校ならではの最大のメリットだと言えます。

著書を持つカリスマ講師の授業

そしてもう一つ、大手予備校の目玉といえば、質の高い講師陣です。 A予備校には、名前をインターネットで検索すれば、参考書が何冊も出てくるような有名なカリスマ講師がたくさん在籍していました。

本屋さんに行って、「あ、この分厚い数学の参考書、著者はこの先生なんだ」と驚くような大物講師から、直接授業を受けることができるのです。 彼らの授業は本当に洗練されていて、難しい概念も魔法のように分かりやすく説明してくれました。 福岡の校舎であっても、東京や大阪、北海道にいる受験生と全く同じレベルの質の高い授業が受けられる。 これは、地方の受験生にとって非常に大きなアドバンテージでした。

質問に行けないという致命的なデメリット

しかし、すべてが完璧に見えたこのA予備校のシステムには、私にとって致命的とも言える大きなデメリットが隠されていました。 それは、「先生との物理的・精神的な距離が遠すぎる」ということです。

大手の予備校は、1つの校舎にいる生徒の数が桁違いに多い、いわゆるマンモス校です。 授業を聞いていて、どうしても分からない問題があったとします。 授業が終わってから職員室の前に質問に行こうとすると、そこにはすでに、そのカリスマ講師に質問したい生徒たちの20人近い大行列ができているのです。

休み時間は15分から30分程度しかありません。 当然、自分の順番が回ってくる前に休み時間は終わってしまいます。 さらに、有名な先生たちは全国の校舎を飛び回っているため、「次の授業は別の県であるから」と、授業が終わるとすぐに新幹線に飛び乗って移動してしまいます。

つまり、自分が「今、ここが分からない」と思った瞬間に、いつでも気軽に質問して解決できるような環境では全くなかったのです。 もちろん、質問に行かなくてもいいくらいに丁寧で分かりやすい授業をしてくれていたのは事実です。 しかし、やはり受験勉強を進めていく上で、小さなつまずきをすぐに解消できないというのは、私にとって大きなストレスでした。

誰にも見られていないという甘え

そして、この大手予備校の「人数の多さ」は、私自身の心に潜む「弱さ」を引きずり出してしまいました。

生徒の数が多すぎるため、先生は生徒1人1人の顔や名前を覚えることは不可能です。 つまり、私が今日授業に出ようが出まいが、誰にも気づかれません。 朝、寮のベッドの中で「今日はなんだか頭が痛いから、1時間目の授業はサボってしまおう」と悪魔の囁きが聞こえた時、それを引き留めてくれる人が誰もいないのです。

私は元々、自分に厳しくストイックに追い込めるタイプではありませんでした。 コロナウイルスの影響で基礎が固まっていなかったという言い訳もありますが、一番の原因は、この「誰にも管理されていない自由な環境」で、自分自身を律することができなかったことだと思います。 結果として、1浪目の秋以降は成績が全く伸びず、不合格という現実を突きつけられることになりました。

第三章 地元の小さな予備校。監視される心地よさと合格

教室で勉強する学生たち

2浪目の決断。地元への帰還

1浪目での失敗を深く反省した私は、2浪目を迎えるにあたって、予備校選びの基準を根本から変えることにしました。 「質の高い授業やデータ」よりも、「自分自身の甘さを許さない、管理された環境」を求めたのです。

私は福岡を離れ、地元の鹿児島県に帰りました。 そして、今度は大手ではなく、地元にある比較的小さめの「B予備校」に通うことに決めました。

このB予備校は、1つの校舎にいる受験生の数が100人にも満たないような規模でした。 現役の高校生が通うようなコースもなく、浪人生だけが朝から晩まで机を並べている、少し特殊な空間です。 しかし、この小さな予備校の環境が、私には劇的に合っていたのです。

先生との距離感と、アットホームな職員室

B予備校の最大の魅力は、何と言っても「先生との距離の近さ」でした。 大手の予備校のように、先生が新幹線で全国を移動するということはありません。 各教科の先生たちは、基本的に1階にある職員室にずっと常駐してくれていました。

1年間、同じ先生にずっと教わることになるため、すぐに私の顔と名前を覚えてもらえました。 校舎の規模が小さいので、一緒に勉強しているクラスメイトのような他の受験生たちの顔も自然と覚えていきます。 まるで、もう一度高校生活をやり直しているような、そんなアットホームな感覚でした。

先生がずっと職員室にいてくれるということは、いつでも質問に行けるということです。 例えば数学の先生が2人いらっしゃったら、1人が授業中であっても、もう1人は職員室に待機してくれています。 私はこの環境をフル活用しました。 分からない問題があればノートに貼り付けて職員室に持っていき、その場で教えてもらう。 先生が忙しい時は、そのノートを預けておき、その間に別のノートで次の問題を解くという、「交換ノート」のようなシステムで、密接な質問対応をしてもらっていました。 この手厚いサポートのおかげで、私の勉強の疑問点はその日のうちにすべて消化できるようになりました。

「あいついないな」と気づかれることの抑止力

そして、何よりも私の行動を変えたのは、この予備校の「面倒見の良さ」でした。

浪人生活が長引いてくると、どうしても朝起きるのが辛くなったり、モチベーションが下がって予備校に行きたくなくなったりする時期が必ず来ます。 特に2浪目ともなると、自分への言い訳も上手になり、朝の弱さは深刻な問題になっていました。

しかし、このB予備校ではサボることは許されませんでした。 生徒の数が少ないため、私が朝の授業の席に座っていないと、先生たちはすぐに「お、今日あいついないな」と気づくのです。

そして、次に予備校に行った時には、必ずこう声をかけられます。 「伊地知、お前昨日いなかったね。どうしたの?」 この一言があるだけで、「あ、すいません、明日は必ず行きます!」と背筋が伸びるのです。 逆に、夜遅くまで自習室に残って頑張っていると、「最近よく頑張ってるね」とか、「最近よく職員室に質問に来てるね、いい調子だぞ」と褒めてもらえます。

月に何度かは、定期的に面談の時間も取ってもらえました。 そこで今の成績の悩みを聞いてもらったり、今後の戦略を一緒に立てたりすることで、孤独を感じることなく勉強を続けることができました。

私は、自分自身が本当に「自分に甘い人間」であることを痛いほど自覚していました。 だからこそ、私の名前を覚えてくれて、気にかけてくれて、時には厳しくお尻に火をつけて引っ張り上げてくれる。 そんな、私の甘さを許さない、良い意味で「監視された環境」が、私には絶対に必要だったのです。

結果的に、私はこの小さなB予備校での1年間を経て、見事に宮崎大学医学部に合格することができました。 質の高いカリスマ講師の授業ではなく、私の性格を理解し、日々寄り添ってくれた身近な先生たちの存在こそが、私を合格へと導いてくれた最大の要因だったと確信しています。

第四章 あなたにとって最適な予備校の選び方

自分の性格と向き合うことが最初のステップ

「というわけで」、私の2年間の浪人経験を通して皆さんにお伝えしたいのは、「予備校選びに絶対の正解はない」ということです。

大手の予備校が悪いと言っているわけでは決してありません。 もしあなたが、東大や京大、あるいは旧帝大の医学部などの超トップレベルを目指していて、全国の猛者たちと同じ質の高い情報や授業を必要としているのであれば、大手の予備校は最高の環境になるでしょう。 また、誰に管理されなくても、自分で決めたスケジュールを黙々とこなし、誘惑に負けずに自習室に通い続けられるストイックな精神力を持っている人にとっても、大手予備校の整ったシステムは最大の武器になります。

しかし、もしあなたが過去の私のように、「どうしても自分に甘くなってしまう部分がある」「分からないことがあったらすぐに誰かに聞きたい」「大勢の中に埋もれてしまうと、サボってしまいそうで怖い」という不安を少しでも抱えているのであれば、予備校選びは慎重になるべきです。

規模が大きすぎて、行っても行かなくても誰にもバレないような予備校に行ってしまうと、どうしても気持ちが緩んでしまいます。 そうなれば、どんなに質の高い授業が用意されていても、それを受けに行かなくなってしまい、結局すべてが無駄になってしまう危険性があるのです。

管理されることのメリットを受け入れる

だからこそ、まずは自分自身の性格と深く向き合ってみてください。 「私は自分に厳しい人間か、それとも甘い人間か。」 この問いに対して正直に答えることが、予備校選びの最初のステップです。

もし「自分に甘い」と思うのであれば、迷わず私のように、規模が小さめで、先生との距離が近く、高校のように手厚く面倒を見てくれる予備校や塾を選んでください。 「高校生みたいに管理されるのは恥ずかしい」と思う必要はありません。 自分の弱さを素直に認め、それを補ってくれる環境を意図的に選ぶことこそが、最も賢い受験戦略なのです。

ローカルメディのようなオンライン塾でも、担当の講師がしっかりと生徒1人1人の進捗を管理し、定期的な面談でモチベーションを維持する仕組みが整っています。 大切なのは、規模の大小ではなく、「自分という人間をしっかりと見て、伴走してくれる存在がいるかどうか」だと私は思っています。

終わりに:環境に身を委ね、自分を信じて進む

今回は、私が医学部を目指した意外なきっかけと、2回の浪人生活で経験した「自分に甘い人間に向けた予備校の選び方」について、たっぷりと語らせていただきました。

読者の皆さんが今抱いている「立派な志望理由がないことへの引け目」や「自分に合った勉強環境が見つからずに成績が伸び悩む焦り」は、私がかつて予備校の寮のベッドの上で、自分の不甲斐なさにため息をつきながら毎日痛いほど感じていた感情と全く同じものです。

今日お話ししたように、医学部を目指す理由なんて、最初は「周りがそうだったから」という環境のせいにしてしまっても構いません。 医者という仕事の素晴らしさは、勉強していくうちに後から必ず分かってきます。 そして、予備校選びも同じです。 自分の弱さを認め、それをカバーしてくれる環境に身を委ねる勇気を持ってください。

長く苦しい受験生活、特に浪人中は、自分が本当に医学部に行けるのか、涙が出るほど不安になる夜もあると思います。 しかし、あなたが今、自分の性格と向き合い、最適な環境を見つけて机に向かっているその努力は、決してあなたを裏切りません。

どうか、自分自身の選んだ道と、あなたを支えてくれる環境を信じて、今日やるべき目の前の勉強に全力で向き合ってください。 あなたが納得のいく結果を掴み取り、春に笑顔で医学部の門をくぐれることを、宮崎の地から心より応援しています。

最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。 一緒に頑張りましょう!ローカルメディでお待ちしております!

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この記事を書いた人

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