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【2浪した私が教えます】大手と地元密着型予備校のメリットを比較した失敗しない予備校の選び方

こんにちは!

全国の医学部受験生をサポートする地方医学部オンライン塾、ローカルメディの宮崎大学医学部医学科4年の伊地知隼です!

私は高校を卒業してから2年間の浪人生活を経験し、合計で3回の医学部受験に挑んだ末に、現在の宮崎大学医学部医学科への合格を勝ち取りました。現在は、自分の目指した医療の世界で毎日を非常にエキサイティングに、そしてとても楽しく過ごしております。今回は、自分がなぜ医師を目指したのかという志望動機のリアルな本音や、2年間の浪人の中で全くタイプの異なる2つの予備校を経験して分かった、自分に甘い受験生のための絶対に後悔しない予備校の選び方について、私の等身大の泥臭い体験談をありのままにお話ししたいと考えています。本日はどうぞよろしくお願いいたします。

今日は、大きく分けて2つの非常に大切な、そして今まさに皆さんが日々悩んでいるであろうテーマについて詳しく書いていきたいと考えています。

前半は、私が全く特別なエリート意識を持つことなく、なぜ医学部を目指すようになったのかという、私の医師志望のきっかけについてです。これには、家族の医師としての働き方を間近で見ていた私の育った環境や、患者さんから届く温かい年賀状やお中元に対する子供の頃の率直な憧れ、そして高校生になってからの理系なら医学部に行くのが当たり前という周囲の空気感が大きく関係しています。

そして後半は、私が1浪目と2浪目で実際に通い、その両方のメリットとデメリットを身をもって体験した「大手予備校とアットホームな地元予備校の真実の比較」についてです。 「とにかく知名度のある大手予備校に行けば、それだけで合格率が上がるはずである」 「質問したいけれど、先生の周りにいつも人だかりができていて質問を諦めてしまう」 という、多くの受験生が抱えているリアルな悩みに対して、大手の持つ圧倒的なデータ量の強みと、地元の小規模予備校が持つサボらせない出席管理の優しさを比較しながら、自分の性格にピッタリと合った環境を選ぶための具体的なコツをお伝えします。

一般的に、医学部受験を突破するような人は、子供の頃から「人を救う仕事に就くのだ」という極めて強い覚悟を持って、自発的に勉強をし続けてきた人ばかりだと思われがちです。 また、予備校選びに関しても、「有名な神講師の授業をたくさん受けることこそが、成績を伸ばすための唯一の正解である」といった、授業の質ばかりを重視するアドバイスが一般的です。

しかし、私はそれらの一般的な常識やよくある予備校の宣伝文句に対して、自分自身が2年間の浪人生活で2つの予備校を渡り歩き、挫折と成功を繰り返してきたからこそ、少しだけ疑問と新しい視点を持っています。

本当に、最初から明確で高尚な動機がなければ、医学部を目指してはいけないのでしょうか。そして、どれだけ質の高い授業が提供されていたとしても、それを自分自身が甘えによって消化しきれなければ、すべては無駄になってしまうのではないのでしょうか。

今、高い医学部の壁を前にして、自分の志望動機が他の人に比べて薄っぺらいのではないかと悩み、自己嫌悪に陥っている受験生の皆さん。 さらに、朝から晩まで予備校の自習室の冷たい椅子の上で、自分を律することができずにダラダラと過ごしてしまい、そんな自分をコントロールできずに孤独な不安を抱えている浪人生や社会人受験生の皆さん。

よし、今日から新しい予備校で頑張るぞと意気込んで大手の自習室のブースに座ったのに、周りの人たちの圧倒的な優秀さに萎縮してしまい、質問に行こうとしても長蛇の列に並ぶ気力が起きず、結局何も質問できずに家に帰って自己嫌悪に陥ることはありませんか。

また、予備校の出席カードをなんとなく通さずにサボってしまっても、誰からも何も注意されず、「自分はなんて意志の弱いダメな人間なのだろう」と、一人で暗い部屋で悩んでいませんか。

そんな風に思い悩んでしまうこと、ありますよね。そのお気持ち、私には本当に痛いほどよく分かります。私も1浪目は大都市の大きな大手予備校に飛び込んだものの、自分の甘さから授業をしっかりと自分のものにできずに伸び悩み、2年目の地元の小さな予備校でお尻に火をつけてもらうまで、一人で葛藤し続けていたからです。

しかし、私が悩み抜いた末に宮崎大学医学科に合格し、実際に医学生として過ごしている日々を振り返ってみると、医師を目指す動機なんて、最初は家族への憧れや周囲の空気感という良い意味での洗脳から始まっても全く問題ありません。そして、予備校選びも、授業のブランドだけで決めるのではなく、自分の性格が自分に甘いのかそれとも一人でやり切れるのかを冷静に分析し、自分をしっかりと管理してくれるアットホームな距離感の塾を選ぶことが、結果として最も効率良く合格を掴み取るための賢いアプローチであるという真実が見えてきます。

今日は、皆さんが心の中にぼんやりと抱えている、綺麗な志望動機に対する違和感や、予備校の選び方に関する深い悩みに優しく寄り添いながら、読んだ後に心がスッと軽くなり、明日からの予備校選びや日々の受験勉強が少しでも前向きになるようなヒントを、私のリアルな体験を交えて丁寧にお話しさせていただきます。


目次

第一章 年賀状の感謝で始まった、私が良い意味で洗脳されて医師を志した軌跡

1 幼稚園や小学校の頃に見た、親の周りに届く温かい感謝のお便りでした

まずは、私が医学部を目指すことになった、本当に等身大のきっかけについてお話しさせてください。

私の志望動機は、テレビドラマのようにドラマチックなものでも、難病の友人を救いたいといった高尚なものでもありませんでした。 結論から言ってしまいますと、私が医師を目指したのは、身近な環境から受けた「良い意味での洗脳」が最大の理由だったのです。

私は、家族に医師がいるという環境で生まれ育ちました。 そのため、幼少期の頃から、医師という職業や、病院で働く大人たちの姿を、どこよりも身近な景色として、当たり前のように眺めながら生活していました。 幼稚園や小学校の頃、私の周りにいる大人といえば、自分の親や家族、そして学校の先生くらいしか存在しませんでした。 ですから、私にとって「働く大人」の最もシンボリックなモデルが、他でもないお医者さんだったのです。

そんな生活の中で、子供ながらに私の心に強く残っている温かい光景があります。 それは、毎年のようにお正月に実家のポストに溢れんばかりに届く、大量の「年賀状」の束でした。

その年賀状の多くには、親の担当していた患者さんたちからの、心からの感謝の言葉が綴られていたのです。 「先生のおかげで、今年も家族みんなで元気に笑顔で新しい年を迎えることができました」 「あの時、先生が優しく診察してくださったおかげで、今の健康な私があります。本当にありがとうございました」 といった、手書きの温かいメッセージが、色とりどりのイラストとともに、たくさん届いていました。

また、夏や冬になると、お中元やお歳暮といった温かい贈り物も、毎日のように実家に届いていました。 親がその贈り物の送り主の名前を見つめながら、 「ああ、あの患者さんは今でも元気に暮らしているんだな、良かったな」 と、嬉しそうに目を細めている姿を見るのが、私は子供心にとても好きでした。

これらの様子を見ていて、私は、 「お医者さんという仕事は、こんなにたくさんの人から直接感謝されて、みんなから心から尊敬されながら、人々の人生に深く関われる、本当に誇らしい、かっこいいお仕事なんだな」 と、自然に、かつ強烈に憧れを抱くようになりました。 特別な瞬間があったわけではなく、このような日々の小さな感謝の積み重ねを間近で浴びることで、私は自分の未来の選択肢として、ごく自然に医師というルートを描くようになっていったのですよ。

2 理系なら医学部に行くのが当たり前という、高校時代の恵まれた環境に身を委ねていました

とはいえ、子供時代の憧れだけで、そのまま一直線に医学部合格まで突き進めるほど、医学部受験の世界は甘いものではありませんよね。 私がより具体的に、自分の将来として医学部進学をリアルに意識し、本気で目指すようになったのは、やはり高校生になってからのことでした。

私の通っていた高校は、周りの同級生たちに、医学部を目指す人が非常にたくさんいる、とても高いレベルの進学校でした。 そこでの日々の生活は、一般的な高校とは少しだけ異なる独特の空気感に満ちていました。

「お前、将来の志望校はどこにするの?」 という会話に対して、普通の高校生であれば、法学部や経済学部、工学部などの様々な選択肢が出てくると思います。 しかし、私の高校の周囲の友達の間では、 「え、理系に進むんだったら、当然第一志望は医学部だよね」 というような空気が、当たり前のように支配していたのです。

同級生同士で話していても、「どこに行くの?」という質問が、自動的に「どこの医学部に行くの?」という意味になるような、そんな環境に私はいました。 このように、理系を選んだ自分の将来のゴールとして、医学部以外を選択することの方が、むしろ少し不自然に感じられるほど、私の周囲のレールは綺麗に医学部へと向かって伸びていたのです。

この高校時代の環境は、今思うと、私にとって本当に良い意味での「心地よい洗脳」の仕上げの期間でした。 自分自身の可能性を疑うことなく、「自分も当然、あの高い医学部の壁に挑んで、合格する人間になるのだ」と、自然に思い込むことができていたからです。 私のこの志望動機を聞いて、「それは恵まれた環境にいたからできたことであって、自分のように周りに医学部を目指す人がいない環境にいる人間には参考にならない」と、少し冷めたような寂しさを感じてしまう読者の方もいるかもしれません。

でも、どうぞそんなに片肘を張って、自分の環境と比べる必要は全くありませんよ。 動機のスタートなんて、親への憧れであっても、友達との競い合いであっても、あるいはただの周囲の洗脳であっても、どのような形であれ、あなたが「本気でその道に進みたい」と思えるのであれば、その後の努力のプロセスには何の違いも存在しないのです。 まずは、自分の心の中にある「お医者さんになってみたい」という素直な好奇心を優しく認めて、そこから一歩ずつ、目の前の勉強という現実に向かって歩き出していってほしいと思います。


第二章 大手予備校福岡校への留学と、予期せぬコロナ禍という1浪目の試練

1 鹿児島から福岡へと旅立った、自信に満ちた1年目の浪人生活のスタートでした

私は、現役時代の最初の大学受験において、力及ばず医学部に不合格となってしまいました。 そこで、私はより高いレベルの指導を求め、自分の甘えを断ち切るために、地元である鹿児島県から、九州最大の大都市である福岡県へと飛び出すことを決意いたしました。

福岡にある、全国的にも名前が知られている超大手予備校の「A予備校」に入学し、そこが運営する専用の寮に入り、24時間すべての時間を受験勉強だけに注ぎ込むという、気合十分の浪人生活をスタートさせたのです。

鹿児島から福岡行きの新幹線に揺られているとき、私の胸は、 「よし、これだけ素晴らしい大手の環境に身を置くのだから、今年1年しっかりと勉強すれば、来年の春には絶対に医学部に合格できるはずだ」 という、根拠のない自信と高いモチベーションで満ち溢れていました。 親元を離れて1人で生活するという孤独感よりも、新しいレベルの高いライバルたちと自習室で切磋琢磨できることへの期待感の方が、何倍も勝っていたのです。

2 突如として目の前に現れた、コロナ休校と映像授業の冷たいディスタンスでした

しかし、そんな私の期待と気合に満ちたスタートを、根底から優しく、しかし残酷に破壊する予期せぬ大きな災害が、世界中を襲うことになりました。 それが、2020年の春から始まった、新型コロナウイルスの世界的な大流行だったのです。

私が福岡の予備校に入学したまさにそのタイミングで、全国のすべての教育機関に対して、緊急事態宣言に伴う対面授業の自粛要請が出されました。 当然、私が通うはずだった大手予備校の福岡校も、一瞬にしてすべての教室が閉鎖されてしまったのです。

「せっかく高い授業料を払って、遠くの福岡まで引っ越してきたのに、教室で授業を受けられないなんて」

私の1浪目の前半戦は、自習室に行くことも許されず、寮の狭い自分の部屋の机の前で、ただ1人でパソコンの画面を見つめながら、配信されてくる映像授業をぽつんと受け続けるという、本当に寂しくて、イレギュラーな日々になってしまいました。 ゴールデンウィークが過ぎ、夏の足音が聞こえ始める夏前頃になって、ようやく初めて対面での授業が制限付きで再開されたのですが、その頃には、最も大切であるはずの「春の基礎を固める時期」が、すでに映像授業というだらっとした時間の中で、なんとなく消化不良のまま通り過ぎてしまっていたのです。

映像授業というのは、どれだけ講師の質が高くても、1人で部屋で見ていると、どうしても途中で集中力が切れてしまったり、「明日まとめて見ればいいや」と自分を甘やかしてしまったりする大きな罠が潜んでいます。 自分自身が自分に甘い性格であることを、当時の私はまだ深く認識していませんでした。 そのため、このコロナ禍という予期せぬディスタンスの中で、私の1浪目の受験勉強は、最初の土台の段階から、じわじわと崩れ始めてしまっていたのですよ。


第三章 大手予備校の「膨大なデータ」の強みと、職員室の前の「20人待ちの列」という限界

模試や答案を見直す勉強机

1 ネットでしか見たことのなかった有名講師から直接教わる、完璧な感動カリキュラムでした

とはいえ、私が通っていた大手A予備校は、さすが全国規模のトップブランドであるだけあって、そのカリキュラムや教材、そして講師陣の質は、言葉では言い尽くせないほど圧倒的に素晴らしいものでした。

特に入試に関する「膨大なデータ量」は、他のどんな小規模な塾も絶対に真似することができない、大手ならではの最大の強みでした。 「この模試で、この時期に何点取っていた生徒が、最終的にどこの大学に何パーセントの確率で受かったのか」 というデータが、何万人、何十万人という過去のスケールで完璧に蓄積されているのです。 教科書やテキストの構成も、 「初心者(初学者)であっても、これさえ順番にやっておけば、医学部入試でよく出る最重要ポイントを、一寸の無駄もなく、1から体系的に網羅して合格レベルまで引き上げることができる」 という、研究され尽くした、非の打ち所がない最高水準の構成でした。

さらに、私を興奮させたのは、その授業を担当する講師陣の圧倒的なネームバリューでした。

本屋さんに行けば、参考書のコーナーにズラリと名前が並んでいるような、 「著書を何十冊も出版している、ネットでしか見たことのなかったあの有名なカリスマ講師の先生」 が、すぐ目の前の黒板の前に立って、自分たちのために授業をしてくれているのです。 数学の難しい公式の成り立ちや、物理の複雑な物理現象を、まるで手品のようにスラスラと分かりやすく、ユーモアを交えて紐解いてくれるその授業は、受けているだけで、 「自分は今、日本で一番質の高い授業を受けているんだ。頭がどんどん良くなっているぞ」 という、深い知的興奮と合格への確かな安心感を与えてくれました。 この、東京や大阪のトップ校舎と同じ質の高い「神授業」を、そのまま福岡の地でも均一に受けられたことは、1浪目の私にとって、生涯忘れることのない、本当に大きな素晴らしい経験になりました。

2 1回の質問をするために、休み時間のすべてを並んで諦めるジレンマでした

しかし、どれほど素晴らしい大手予備校のカリキュラムであっても、実際にそこに通う「一人の生徒」としての立場から見ると、乗り越えるのが極めて難しい、大手ならではの深刻なデメリットが存在していました。 それが、 「先生との物理的な距離が、あまりにも遠すぎる」 という、マンモス校ゆえのジレンマだったのです。

大手予備校の校舎には、本当に何百人、何千人という、医学部を目指す膨大な数の生徒たちが、毎日ひしめき合って生活しています。 そのため、授業が終わった後の休み時間に、 「先生、さっきの解説のこの計算の部分が、どうしても自分の頭では理解できなかったので、優しく教えてください」 と、質問に行こうと職員室の前に足を運ぶと、そこには驚くべき光景が広がっていました。

人気の神講師の机の前には、すでに別の校舎や教室から走ってきた生徒たちが、長い列を作り、まるでテーマパークの人気アトラクションの順番待ちのように、 「15人、20人もの大行列」 を形成しているのです。

自習室で勉強していて分からない問題があったとしても、その大行列の最後尾に並んで、自分の番が回ってくるのをじっと待つだけで、15分や20分の短い休み時間なんて、一瞬で過ぎ去ってしまいます。 さらに、ようやく自分の番になりそうになったタイミングで、 「ごめんね、先生は次の時間に大阪の校舎で授業があるから、もう新幹線に乗らないと間に合わないんだ。続きはまた来週ね」 と、先生が新幹線のチケットを握りしめて、颯爽と立ち去ってしまうということが、本当に日常茶飯事のように発生していたのですよ。

「質問ができないまま、分からない問題がノートの中にどんどん溜まっていく」

この大手の超えられない物理的な距離の壁は、私の受験勉強の進捗に、少しずつ重たいブレーキをかけ始めました。 わからない部分をその場で即座に解決できないため、勉強のモチベーションが低下し、 「まあ、解説を何度も読めばいいか」と、曖昧なまま放置する悪い癖が、私の心の中に生まれてしまっていたのです。 どんなに高品質な授業を提供されても、それを1対1の個別の対話で、自分の脳の解像度にまで優しく落とし込んで、メンテナンスしてもらえる時間や距離がなければ、自分に甘い不器用な受験生は、置いてきぼりになってしまうのだと、私は1浪目の終わりの冷たい不合格通知を受け取った瞬間に、深く気づかされることになったのです。


第四章 地元・鹿児島の小規模予備校への転校と、お尻に火をつけてもらった2浪目の大逆転

1 受験生100人未満のアットホームな空間が、自分に甘い私を救ってくれました

福岡での1浪目の受験において、2回目の不合格の痛みを味わった私は、自分のこれまでのやり方を根本から見つめ直しました。 「自分は、放っておかれると、つい朝寝坊をしてしまったり、質問に行くのを遠慮して妥協してしまったりする、本当に意志の弱い、自分に甘い人間なのだ」 という自分の弱さを、冷徹に、素直に認めざるを得なかったのです。

そこで、私は2年目の浪人生活を始めるにあたり、福岡の華やかな大手予備校を離れ、地元である鹿児島県に帰ることにいたしました。 そして、一校舎あたりの受験生の数が「100人未満」という、非常に規模の小さい、アットホームな地元密着型の「B予備校」へ、転校することを決意したのです。

その地元の予備校は、高校生コースなども別になく、本当に浪人生だけがひっそりと集まって、静かに、しかし熱く勉強しているような隠れ家のような空間でした。 1階のコンパクトな職員室には、1年を通じて、全く同じお馴染みの先生方が、朝から晩までいつでも常駐してくださっていました。

この予備校に移った瞬間から、私の受験環境は、まるで高校時代のあの温かくて距離の近い毎日のように、ガラリと一変したのですよ。

受験生の数が非常に少ないため、先生方は授業が始まって数週間も経つと、生徒全員の顔と名前、そしてそれぞれの得意科目や苦手科目の特徴まで、完全に把握して、覚えてくださっていました。 自習室のブースから廊下へ出ると、 「お、隼。最近よく頑張って職員室に質問に顔を出しているな。その調子で頑張れよ」 「今日はちょっと顔色が暗いけれど、勉強の進み具合で何か悩んでいることでもあるのか?」 と、先生方が廊下ですれ違うたびに、当たり前のようにフランクに声をかけてくださるのです。

この、自分に関心を寄せてもらい、いつも優しく、時には厳しく見守られているという圧倒的な「アットホームな安心感」は、1浪目の大都市での孤独にすっかり心が折れかけていた私にとって、砂漠のオアシスのように、じんわりと心に元気を蓄えてくれました。 「ここでは、自分は決してただの『受験生番号〇〇番』という記号ではなく、一人の大切な生徒として、先生方が一緒に戦ってくれているのだ」 という強い実感と責任感が、私の心の中に、もう一度だけ、熱い挑戦の火を灯してくれたのです。

2 交換ノートを使った密接な質問対応と、出席管理でサボり癖を徹底的に律した日々でした

この地元の小規模予備校における、最も素晴らしく実用的だった2つの指導システムについてご紹介します。

1つ目は、わからない問題を1対1で、完全にゼロになるまで解説してもらえる「質問の交換ノートシステム」でした。

大手の時のように、職員室の前に並んで、先生が立ち去るのを恐れながら冷や汗をかく必要は、もう一切ありませんでした。 私は、自習室で勉強していて分からない問題に突き当たると、その問題のコピーを自分の「質問用ノート」に糊でペタッと貼り、 「先生、ここの3行目の式の変形から、なぜこの公式が使えるのかが、どうしても分かりません」 と、自分の疑問をペンで書き込んで、職員室の専用の棚にそのノートをポンと提出しておくのです。

すると、授業の合間や手の空いた時間を見つけて、先生方がそのノートを回収し、 「隼、ここはね、前の大問のこの条件をこうやって活用すると、ほら、数学的にすごく綺麗なアプローチになるんだよ」 と、ノートの余白に、色鉛筆や優しい文字で、本当に丁寧な解説をびっしりと書き込んで、夕方には元の棚に戻してくださるのです。

私は、その戻ってきた温かいコメント入りのノートを自分の席で開き、 「なるほど、そういうことだったのか!」 と、誰の目を気にする必要もなく、自分のペースで、100パーセント納得がいくまで、深く理解を深めることができました。 この交換ノートの対話によって、私の苦手だった理系科目の穴は、日に日に、パズルのピースが埋まるように綺麗に修復されていったのですよ。

そして2つ目は、私の甘えた根性を徹底的にへし折ってくれた、ありがたい「徹底的な出席管理と出席簿のプレッシャー」でした。

浪人生活が長くなると、どんなに最初の意志が強くても、 「今日はどうしても朝起きるのがしんどいな。予備校に遅れて行っても、誰にも何も言われないし、1日くらい寮でダラダラしていてもバレないか」 という、自分への甘えが、甘いマスクのように忍び寄ってきますよね。

しかし、この地元の予備校では、そんなサボり癖は、1ミリたりとも通用しませんでした。 朝、決まった時間になっても私の姿が自習室の指定席に現れないと、職員室の先生方がすぐに、 「あれ、今日、伊地知はどうしたんだ?」 と気づき、すぐに私の携帯や、実家の親の元へと確認の連絡が行くような、本当に徹底した管理体制が敷かれていたのです。

次の日、少し気まずい気持ちで予備校に行くと、 「お前、昨日はどうしたんだよ。熱でもあったのか?サボるんだったら、お前のお尻に火をつけて、鹿児島中を追いかけ回すからな!」 と、先生が笑いながら、でも真剣な目でお叱りの言葉をかけてくれるのです。

「あ、すいません。明日は絶対に、一番最初の朝の時間から自習室に来ます」

この、サボったら一瞬でバレて、しっかりと叱ってもらえて、お尻に火をつけてもらえる距離感は、自分を一人でコントロールできない意志の弱い私にとって、最高の外付けのブレーキ(律する装置)になってくれました。 月に何回も個別の面談の時間を取ってもらい、 「お前は、数学のこの分野はもう完璧だから、次は英語の長文読解のこの教材を、こういうスケジュールで進めていこうな」 と、私の成長の歩みに寄り添って、一緒にオリジナルのルートを組み立ててくれる環境。 これこそが、他県での1浪目で伸び悩んでいた私の偏差値を、最後の1年で、宮崎大学医学部に合格できる本物の実力へと、グングンと引き上げてくれた最大の合格の要因だったのですよ。


第五章 自分に甘いからこそ、最適な距離感の予備校を選ぶべき理由

1 自分の性格を冷静に見極めて、お尻を叩いてくれる指導を選ぶ重要性です

多くの受験生や、浪人生活をこれから始める皆さんは、予備校を選ぶときに、 「どこの予備校が、最も偏差値の高い難関大学への合格者数をたくさん出しているか」 という、合格実績の数字ばかりを気にして、資料を眺めていると思います。 また、ネット上の、 「独学で自習室にこもって、大手の映像授業だけを受けて医学部にトップで合格しました」 というような、極めて地頭の良い一部の天才たちの華やかな成功体験を真に受けて、自分も同じようにできるはずだと思い込んで、無理な環境に飛び込んでしまいがちです。

しかし、私は、そのような一般的な基準に対して、 「予備校選びにおいて最も重要なのは、塾のレベルではなく、あなた自身の『性格』と、その塾の指導システムとのマッチングです」 と、自信を持って、皆様に新しい視点を提案したいと思います。

もし、あなたが、

  • 誰に何も言われなくても、朝6時に起きて、夜10時まで1人で淡々と机に向かい続けられる。
  • わからない問題があっても、解説書を自分で読み込んで、自力で完璧に納得して解決できる。
  • 周りに友達がいなくても、何ヶ月でも1人で孤独に耐えて、ひたすらインプットを続けられる。 という、極めて意志の強く、自立した「大人の性格」を持っているのであれば、間違いなく、圧倒的なデータ量と最高水準の授業を提供する「大手予備校」に行くのが、最もお勧めできる最短ルートになります。 そこには、あなたの知的好奇心を刺激する、最先端の武器がすべて揃っているからです。

しかし、一方で、もしあなたが、私と同じように、

  • 朝お布団から出るのが苦手で、つい自分を甘やかして二度寝をしてしまう。
  • 誰も自分を監視していないと、スマホの画面をダラダラと何時間も眺めて、1日を終えてしまう。
  • 先生の周りに長い列ができていると、「まあ、質問は今度にしよう」と遠慮してしまい、わからない部分をそのまま放置してしまう。 という、極めて不器用で、かつ「自分に甘い性格」を自覚しているのであれば。 どれだけ授業の質が高くても、行って行かなくても誰にも何も言われないような、大人数の大手予備校に行くことは、はっきり言って、本当にお金をドブに捨てるのと同じくらい、非常に危険な選択になってしまう可能性が高いのですよ。

そのような自分に甘い自覚がある人こそ、少し恥ずかしさを捨てて、 「自分の名前を覚えてくれて、毎日サボらずに来ているかチェックしてくれて、質問ノートを優しく添削してくれて、定期的にお尻に火をつけてくれるアットホームな中・小規模の予備校」 を選ぶべきなのです。

受験は、綺麗な計画を立てることよりも、その計画を、泥臭く、毎日同じペースで、サボらずに継続することの方が、何百倍も難しく、そして重要なのです。 自分の弱さを否定して、無理に「強い人間」を演じようとするのは、もうやめにしましょう。 自分の弱さを素直に受け入れ、その弱さを「環境の力」によって優しく、かつ強制的にカバーしてあげること。 これこそが、不器用な私たちが、過酷な医学部受験という高い山を、最後には笑顔で登り切るための、最も賢くて、最も現実的な生存戦略になるのですから。


終わりに:等身大の自分の弱さを受け入れ、最高の予備校で合格を掴み取ってください

今回は、私が宮崎大学医学部に合格するまでの泥臭い2年間の浪人生活に基づいた、「良い意味での洗脳から始まった医師への志」について。 そして、「大手予備校の圧倒的なデータと職員室の前の質問待ちの罠、地元の小規模予備校が出席管理と交換ノートで自分に甘い私を律してくれた大逆転の軌跡」について、たっぷりと語らせていただきました。

読者の皆さんが今抱いている、「これといった崇高な志望動機がなくて、自分の本音の薄さに悩んでいる焦り」や、「自習室で自分をコントロールできずにサボってしまい、そんな自分の意志の弱さに泣きそうになっている孤独」は、かつて私が、福岡の大手予備校の映像授業をパソコンの画面でボーッと見つめ、地元の予備校の出席簿の前で自分の不甲斐なさにため息をついていたあの頃と、何一つ変わりません。

しかし、今日お話ししたように、完璧な人間なんて、この世界には最初から一人も存在しないのですよ。 志望動機なんて親の背中への憧れや周囲の空気感といった、良い意味での洗脳からスタートして全く問題ありません。そして、自分の弱さを認め、交換ノートで優しく寄り添ってくれて、お尻に火をつけてくれる最高の予備校という環境を味方につければ、あなたの偏差値はいつでも、高い合格の壁を突き破る本物の学力へと、劇的に進化させることができるのです。

今、皆さんが自分の不器用な性格と向き合い、汗を拭いながら問題集を開き、 「自分にはどんな予備校が合っているのだろう」と一生懸命に考えているその姿勢は、本当に立派で、何よりも美しい挑戦の姿です。

その地道な、等身大の一歩一歩の歩みこそが、将来、多くの患者さんの弱さや痛みを自分のことのように優しく理解し、彼らの健康と人生に、温かく、親身に寄り添って救ってあげられる、素晴らしいお医者さんになるための、何よりの強固な土台になるのですから。

長く、時に暗闇の中を歩くような過酷な浪人生活。 どうか、自分自身の可能性と、あなたの弱さを支えてくれる素晴らしい環境の力を信じて、目の前の1ページに、全ての力を注ぎ込んでください。 あなたがすべての葛藤を乗り越えて、春に笑顔で医学部の門をくぐり、私たちと一緒に素晴らしいキャンパスライフを歩き出せる日を、宮崎の地から心より応援しています。

最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。 一緒に頑張りましょう!

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