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【ルシファーの実態】東大理Ⅲの1日の勉強スケジュール

こんにちは!

東京大学理科三類を卒業し、現在は医師国家試験を突破して研修先を探している、金子と申します!

インターネット上では「ルシファー」という名前で活動しており、X(旧ツイッター)などでもありがたいことにたくさんの方に知っていただいております。

私は中学受験を経験して有名な筑波大学附属駒場中高に入学したものの、高校一年生で中退して不登校になり、そこから大学入学資格検定(現在の大検)を受けました。そして、現役での不合格からなんと七年間の空白期間を経て、九浪目にあたる年齢で東大理科二類に合格し、さらにそこから大学に通いながらの仮面浪人で東大理科三類に合格するという、少しばかり波乱万丈な受験経験を持っています。

今日はこんなことを書きたいと思います。 一般的に「医学部に合格するためには、毎日予備校の自習室にこもって、朝から晩まで完璧なスケジュールで全科目を勉強しなければならない」と言われている常識に対する疑問について。そして、私が不登校になって家から出られなかった時期に、どのようにして大好きな数学と向き合い、圧倒的な武器にしていったのかというお話。さらに、現役受験の時にたった「二点」足りずに理科三類に落ちてしまった強烈な絶望と、そこから七年間も受験から逃げてしまった空白の期間をどう乗り越えたのかというストーリーを、たっぷりと語っていきたいと考えています。

今、医学部という途方もなく高い壁を目指して、毎日机に向かって分厚い参考書と格闘している中高生の皆さん。そして、「これだけ長い時間勉強しているのに、一向に模試の成績が良くならないのではないか」「空白の期間があって、もう自分は手遅れなのではないか」と、見えない恐怖に不安を抱きながら再受験や多浪生活に挑んでいる社会人や浪人生の皆さん。

「浪人期間が長引いてしまうと、勉強のやる気が全く起きず、一日中何もしないで自己嫌悪に陥ってしまう」 「周りの同級生はどんどん進学して就職していくのに、自分だけが取り残されているような気がして、机に向かうのが怖い」 そんな風に思い悩んでしまうこと、ありますよね。その気持ち、私には痛いほどよく分かります。私も現役の時に東大実戦模試でA判定を出して「絶対に受かる」と信じ切っていたのに、本番でわずか二点足りずに不合格になった時、あまりのショックでそこから七年間も受験の世界から距離を置いてしまった経験があるからです。

しかし、実際の私の道のりを振り返ってみると、決して「毎日十二時間、一秒も無駄にせずに完璧な勉強を続けたから受かった」わけではないという真実が見えてきます。今日は、皆さんが心の中に抱えている「勉強に手がつかない自分はダメな人間なんじゃないか」という深い不安に寄り添いながら、明日からの勉強が少しでも前向きになるような、そして心がスッと軽くなるようなヒントを、お話しさせていただきます。

まずは、私がどのようにして「数学」という最大の武器と出会ったのかという、幼少期のお話からさせてください。

相対性理論の絵本と、数学にのめり込んだ幼少期

私は東京の阿佐ヶ谷という町で生まれ、五歳くらいの時に横浜のあざみ野へと引っ越しました。 すでに亡くなってしまいましたが、私の父はIT関係の仕事をしており、教育に対して非常に熱心な人でした。そんな父の影響もあったのか、私は幼い頃から少し変わった子供だったようです。

小学校一年生くらいの頃、私が夢中になって読んでいたのは、普通の童話や漫画ではなく、「相対性理論」に関する子供向けの絵本でした。 「宇宙の果てはどうなっているのだろう」「時間が遅れるってどういうことだろう」 そんな不思議な概念に、子供ながらに強く惹きつけられていたのを覚えています。父から数学を教わることもありましたが、私自身は「無理やり勉強をさせられていた」という意識は全くありません。ただただ、新しい知識を吸収することが楽しくて仕方がなかったのです。

小学校三年生になる頃には、すでに大学レベルの数学である「フーリエ級数」や「フーリエ変換」といった分野の専門書を、見よう見まねで読んでいました。周りの大人たちからは驚かれることもありましたが、私にとってはそれが日常の遊びのようなものでした。

そして、中学校に入る頃には「数学オリンピック」という存在を知り、挑戦することになります。 結果として、私は中学一年生の時に数学オリンピックの予選を突破することができました。この界隈では、中学生で予選を突破するというのはかなり目立つ存在になります。

「そこまで数学ができるなら、そのまま数学者になればよかったのではないか」と言われることもあります。 そうは言っても、私には「東京大学の理科三類に行って、医者になりたい」というもう一つの強い夢がありました。それに、当時の私は「海外に行くのは治安が悪そうで怖い」という非常に子供らしい理由で、数学オリンピックの本選で海外に行くことに対して消極的になってしまい、十三歳くらいで本気で取り組むことをやめてしまったのです。 今振り返ると、「あの時もっと本気で数学オリンピックに挑戦しておけばよかったな」と少し後悔することもありますが、当時は純粋に「東大理三に行って医者になりたい」という思いの方が強かったのだと思います。

不登校の記憶。学校という枠組みへの違和感と自宅学習

中学受験を経て、私は筑波大学附属駒場という、全国でもトップクラスの超進学校に入学しました。 周りは優秀な生徒ばかりで、素晴らしい環境だったはずです。しかし、私はこの学校の環境にどうしても馴染むことができませんでした。

毎朝同じ時間に起きて、決められた時間割に従って授業を受ける。 そんな当たり前の学校生活が、私にとってはとてつもなく息苦しく感じられてしまったのです。結果として、私は次第に学校に足が向かなくなり、高校一年生の時に学校を辞めてしまいました。いわゆる不登校からの、中途退学です。

この時期の私は、社会のレールから完全に外れてしまったような、強い孤独感と不安を抱えていました。 「同級生たちは毎日学校に行って青春を謳歌しているのに、自分は昼間から自分の部屋に引きこもって何をしているのだろう。」 そんな葛藤に押しつぶされそうになる夜もありました。

しかし、そんな真っ暗な不登校の生活の中で、私を唯一救ってくれたのが「数学」の存在でした。 学校に行かなくても、私の部屋には『大学への数学』という受験生向けの雑誌がありました。私は毎日、部屋にこもってひたすらその数学の問題を解き続けていました。 誰かに強制されるわけでもなく、ただ純粋に「解くのが楽しいから」という理由だけで、何時間も何時間も数式と向き合っていたのです。

よく、「家では誘惑が多くて集中できないから、絶対に予備校の自習室に行かなければダメだ」というアドバイスを聞きますよね。 もちろん、そういう環境が必要な人もいると思います。しかし、私のように「家の方が落ち着いて自分の好きなことに没頭できる」というタイプも確実に存在します。 私は不登校というコンプレックスを抱えながらも、この自宅での圧倒的な学習時間を通して、数学という科目を誰にも負けない最強の武器へと磨き上げていったのです。

高校一年生の年齢になった時に受けた模擬試験では、数学の成績だけが異常に高く、東大実戦模試でも総合の順位で上位に食い込むようになっていました。学校の定期テストは受けていなかったので評価されませんでしたが、全国模試という公平な土俵の上では、私の数学力は確実に通用していたのです。

現役時代の栄光と、本番での残酷な「二点差」

自宅での学習を続け、大学入学資格検定(現在の大検)を取得した私は、いよいよ東京大学理科三類の受験に挑むことになります。

高校一年生の段階で、すでに東大実戦模試で上位に入っており、数学に関しては完全に仕上がっている状態でした。理科や英語は最初はそれほど得意ではありませんでしたが、青本や『物理教室』、『新理系の化学問題一〇〇選』などをやり込み、高校二年生から三年生にかけてしっかりと成績を伸ばしていきました。

そして高校三年生にあたる年の最後の東大実戦模試では、なんと二百九十一点という高得点を取り、見事に理科三類の「A判定」を出すことができました。 理科に関しても、物理で満点近くを取るなど、数学に次ぐ強力な得点源になっていました。

「これなら絶対に受かる。自分のやってきたことは間違っていなかったんだ。」 私は強い自信を持って、東大理科三類の本番の試験会場に向かいました。

しかし、受験というものは本当に恐ろしく、そして残酷なものです。 本番の試験が終わり、合格発表の掲示板に私の番号はありませんでした。 後日送られてきた成績開示のハガキを見て、私は自分の目を疑いました。合格最低点に対して、わずか「二点何点か」足りなかったのです。

たったの二点です。 あと一問、どこかの計算ミスに気づいていれば。あと一つ、英単語の意味を思い出せていれば。そんな後悔が、頭の中をぐるぐると駆け巡りました。

特にショックだったのは、私の絶対的な武器であったはずの数学が、百二十分満点中で「九十二点」しか取れていなかったことです。 普通に考えれば、九十二点というのは十分に高い点数です。しかし、当時の私の実力であれば、百五点や百十点は取れて当たり前だと思っていたのです。 なぜあんなに低い点数になってしまったのか、未だに理由が分かりません。問題との相性が悪かったのか、本番の極限の緊張感が私の計算を狂わせたのか。あるいは、理科の採点も自分が想定していたよりも厳しかったように感じました。

そして、もう一つ私の心に暗い影を落としていたのが、「面接」の存在です。 東大理科三類には面接試験があります。私は不登校であった過去や、コミュニケーションに対する苦手意識があったため、「もしかしたら、面接で大きく減点されて落とされたのではないか」という疑心暗鬼に陥ってしまったのです。

「どんなにペーパーテストの点数が良くても、面接で落とされるなら、自分はもう一生医者にはなれないのではないか。」 この強烈な挫折と絶望感は、私の心から「もう一度受験しよう」という気力を完全に奪い去ってしまいました。

空白の七年間と、海外への憧れが繋いだ細い糸

現役での二点差の不合格から、私は医学部を受験することをやめてしまいました。 面接がある限り、自分は受からないと思い込んでしまったのです。

ここから、私の長く暗い「空白の七年間」が始まります。 同級生たちは大学に進学し、キャンパスライフを楽しみ、やがて社会人として働き始めていきます。その一方で、私はずっと実家に留まり、貴重な時間を過ごしていました。 「自分は一体、何をしているのだろう。」 焦りや自己嫌悪に押しつぶされそうになる日々が続きました。多浪や再受験を経験している方なら、この時期の言葉にできない孤独感や不安感が、どれほど苦しいものか分かっていただけると思います。

「とはいえ」、ここで皆さんに一つだけお伝えしておきたいことがあります。 私はこの七年間、医学部の受験勉強からは逃げてしまっていましたが、「勉強すること自体」を完全にやめてしまったわけではありませんでした。

私は心のどこかで、「もし日本の東大がダメでも、海外の大学なら行けるかもしれない」という淡い希望を抱いていました。 数学の実力には自信がありました。だから、「あとは英語さえできるようになれば、海外のトップ大学に留学して、そこで活躍できるのではないか」と考えたのです。

その思いから、私は英会話の勉強を始めたり、英語の学習を細々と続けていました。 実はこの時に英語に触れ続けていたことが、後になって非常に大きな意味を持つことになります。私は後に、大学に入学して一年生の時に「英検一級」を取得し、現在ではUSMLE(アメリカの医師国家試験)の対策を行うまでになりました。当時は逃げの選択だったかもしれませんが、そこで英語という新しい武器を少しずつ育てていたのです。

多くの浪人生は、「一日でも勉強を休んでしまったら、もうおしまいだ」と自分を極端に追い詰めてしまいます。 しかし、人間ですから、どうしても机に向かえない時期は絶対にあります。そんな時は、メインの受験勉強から少し離れてでも、語学の勉強したりして、「知的好奇心の火」だけは絶対に消さないようにしてください。 完全にゼロにしてしまうのではなく、どんな形でもいいから細い糸を繋いでおくこと。それが、いつか必ず来る「再起の瞬間」のための、最も重要な準備になるのです。

理科二類への合格。たった三日間のセンター対策から始まった逆転劇

空白の七年間を経て、私はついに「もう一度、大学に行こう」と決心しました。 まずはリハビリも兼ねて、理科三類ではなく「理科二類」を受験することにしたのです。

九浪目にあたる年でした。 まずはセンター試験(現在の共通テスト)を受けようと思い立ったのですが、なんと私がセンター試験の対策を始めたのは、本番のわずか「三日前」のことでした。 さすがに無謀だと思われるかもしれませんが、基礎的な学力は残っていたため、三日間の詰め込みでなんとか七割程度の点数を取ることができました。

もちろん、その年の二次試験は不合格でした。しかし、この「センター試験を乗り切った」という小さな成功体験が、眠っていた私の受験生としての闘争心に火をつけてくれました。

「あと一年、本気でやれば絶対に受かる。」 そう確信した私は、翌年に向けて本格的に勉強を再開しました。 久しぶりの本格的な受験勉強でしたが、数ヶ月もするとあっという間に感覚を取り戻し、模試でもA判定が出るようになりました。そして翌年、私は無事に東京大学理科二類に合格し、長い長い浪人生活に一つの区切りをつけることができたのです。

大学の授業は非常に新鮮で、充実していました。東大には本当に色々なバックグラウンドを持った人がいるため、私が年齢を重ねていても、特におかしい目で見られることはなく、居心地の良い環境でした。 しかし、私の心の奥底には、常に「理科三類に行って医者になる」という、どうしても諦めきれない夢が燃え続けていました。 だからこそ、私は理科二類の授業を受けながら、並行して理科三類の受験勉強を続けるという「仮面浪人」の道を選ぶことになったのです。

仮面浪人の生活は、決して楽なものではありませんでした。 私は大学の授業を受けながら受験勉強をしていましたが、どうしても負担が大きくなってしまう科目がありました。それが「中国語」です。 第二外国語の勉強が想像以上に重く、「このままだと両方とも中途半端になってしまう」と危機感を覚えた私は、途中で中国語の授業を切る(諦める)という決断をしなければなりませんでした。

二足のわらじを履くというのは、本当にエネルギーのいることです。もし今、仮面浪人をしていて苦しんでいる方がいたら、「大学の単位を捨てる勇気」も時には必要だということを覚えておいてください。あなたの本当の目標はどこにあるのか、常にその優先順位を見失わないことが大切です。

私は予備校には通わず、自宅で勉強をしていました。 一日の勉強時間は八時間から十時間ほどでした。理科三類に合格する受験生の中では、かなり少ない部類に入ると思います。それでも、理科二類の授業と両立しながら、私は着実に実力を取り戻していきました。

朝四時起きの数学と「二十周」の狂気。飽きた時が勝負

理科二類に入学してから、私は必死に自宅での勉強を続けました。 現役の時に失敗した理科の穴を埋め直し、得意の数学にさらに磨きをかけました。

ここで、私がどのようにして数学を極めていったのか、その具体的な勉強法についてお話ししたいと思います。 私は受験に専念していた時期、朝は非常に早く起きていました。大体、朝の四時か五時くらいには起きて、すぐに机に向かっていたのです。

なぜ朝早くに起きていたのかというと、「朝起きて一発目が一番集中力があるから」です。 その最も頭がクリアな状態の時に、一番脳のエネルギーを使う「数学」の勉強を当てていました。毎日数学に触れて、脳を数学に慣れさせることを徹底していたのです。

そして、私が愛用していたのが『新数学演習』という非常に難易度の高い問題集です。 皆さんは、一冊の問題集を何回くらい繰り返して解いていますか。三回でしょうか、それとも五回でしょうか。

私は、この『新数学演習』を、なんと「二十周」くらいやりました。 問題数にしておよそ三百問ほどある分厚い問題集ですが、それを二十回も繰り返したのです。

「そんなに同じ問題ばかりやって意味があるのか」と驚かれるかもしれませんね。 そうは言っても、これくらい徹底的にやり込むと、問題を見た瞬間に解法が頭に浮かぶようになります。すべての問題の解き方を完全に暗記しており、誰にでも説明できるという状態にまで仕上げていたのです。

「何回もやっていると、途中で飽きてしまいませんか?」とよく聞かれます。 もちろん、めちゃくちゃ飽きます。人間ですから当たり前です。 「というわけで」、ここが一番大事なポイントなのですが、「飽きた時が勝負」なのです。 飽きても構わずにやり続けてください。飽きて自分が「もうできる」と思い込んでいても、実際にテストの極限状態で即座に答えを引き出せなければ意味がありません。飽きを越えて、無意識レベルで解法が出てくるまでやり続けることで、初めてその知識は本番で使える武器になります。

既存の問題に対する解法を完全に暗記した上で、私はZ会の添削問題などを利用して、「時間無制限でじっくりと考える訓練」も並行して行っていました。 東大の本番で出題されるような新規の問題は、全く見たことのない魔法のような問題ではありません。自分が暗記している既存のパターンの「組み合わせ」で必ず解けるように作られています。 だからこそ、瞬時に引き出せる解法の引き出しを極限まで増やしておくことが、どんな難問にも対応できる最強の思考力へと繋がっていくのです。

英語の音読と理科の暗記。凡人が勝つための反復

朝早く起きて数学をやり込んだ後は、昼や夕方、夜の時間帯を使って、英語や理科、国語の勉強をしていました。 一日にやるのは、数学に加えてもう一科目か二科目程度です。

英語の勉強法についても、特別な才能があったわけではありません。 私が徹底して行っていたのは、「音読」です。 長文のテキストを開き、英語を読んで、日本語を読んで、という作業をひたすら繰り返していました。 これも数学と同じで、何周も何周も繰り返します。五周以上は確実にやっていたと思います。

音読を繰り返す目的は、「英文そのものを頭に記憶し、それに対応する和訳をセットで記憶してしまうこと」です。 英検一級の対策をしていた時も、『アクエアリーズ』という教材を使って、ひたすら読んで暗記するという地道な作業を繰り返していました。 語学というのは、最終的には記憶の積み重ねです。特別なセンスがなくても、泥臭く何度も声に出して繰り返すことで、確実に脳に定着させることができるのです。

理科に関しても同様です。 化学は『新理系の化学問題一〇〇選』などを使い、物理は『物理教室』などを読み込んでいました。 理科や英語は、数学以上に「覚えていれば解ける」という要素が強い科目です。だからこそ、自分の努力量がそのまま点数に直結します。 私は現役の時に物理で満点近くを取ったり、駿台東大実戦で高い偏差値を取ったりしていましたが、それもすべて「公式や現象を覚えるまで何回も繰り返した」という反復練習の賜物でした。

天才的な閃きで解いているように見えて、実はその裏には「全ての問題のパターンを暗記するまで繰り返した」という、恐ろしいほどの反復練習があったのです。 才能がないと嘆く前に、あなたは自分が使っている参考書を「すべて暗記して説明できる状態」になるまで繰り返したと胸を張って言えるでしょうか。 答えがノーなら、あなたにはまだまだ伸びしろがたくさんあるということです。

そして迎えた、二度目の理科三類の本番。 合格最低点が三百八十二点という年でしたが、私は見事に「四百点」を超える、最低点を大きく上回る余裕の点数で合格を掴み取ることができました。

現役での二点差の不合格から、七年間の空白期間、そして理科二類への入学と仮面浪人を経て、ようやくたどり着いた悲願の合格でした。長い長い回り道でしたが、諦めずにやり続けた結果が、ついに実を結んだのです。 その後は留年することなくストレートで卒業し、医師国家試験は七浪してしまいましたが、無事に合格して医師免許を取得することができました。

終わりに:止まらなければ、いつか必ずたどり着く

今回は、私自身の不登校の経験から、空白の七年間、そして仮面浪人を経て東大理科三類に合格するまでの軌跡と、継続と反復の重要性について、たっぷりと語らせていただきました。

読者の皆さんが今抱いている「勉強が手につかない」「このまま浪人を続けて受かるのだろうか」という不安は、かつての私が七年間も悩み苦しんできたものと全く同じです。 しかし、どんなに遠回りをしても、どんなにブランクがあっても、諦めずに細い糸を繋いでおけば、必ずチャンスは巡ってきます。

最後になりますが、現在、私がインタビューを受けている動画の配信元である「地方医学部オンライン塾 ローカルメディ(白谷塾発)」から、受験生の皆さんへ大切なお知らせがあります。

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長く苦しい受験生活ですが、絶対に自分を責めすぎず、好きな科目からでいいので、今日一日だけ、少しだけ前に進んでみてください。毎日少しでも机に向かう習慣をつけることが、すべての始まりです。 最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!あなたの挑戦を、心から応援しています!

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この記事を書いた人

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