こんにちは!
全国の医学部受験生をサポートするオンライン塾「ローカルメディ」
宮崎大学医学部医学科4年の大許真菜と申します!
私は関西の出身で、両親が医師ではないごく普通のサラリーマン家庭で育ちました。現役の時には国公立大学の医学科のみを受験して不合格となり、その後に1年間の浪人生活を経験して、現在はここ宮崎大学医学科でとても充実した日々を送っています。本日はどうぞよろしくお願いいたします。
今日はこんなことを書きたいと思います。 前半は、毎日机に向かって苦しい受験勉強を続けている皆さんのモチベーションがグンと高まるような、「医学科の大学生活って実際のところどうなの?」という勉強面と生活面におけるリアルなキャンパスライフについてです。 そして後半は、非医師家庭の私だからこそリアルにお話しできる、「医学部受験料のシビアなお財布事情と、国公立一本というプレッシャーの中で私がどのように合格を掴み取ったのか」という泥臭い受験戦略についてです。
一般的に、学校の先生や予備校の進路指導の場では、「医学部に入ったら、もう遊ぶ暇なんて一切ないくらい勉強漬けになるぞ」と言われることが多いと思います。 また、受験の併願校の決め方に関しても、「医学部を目指すなら、チャンスを増やすために私立の医学部もいくつか受けておくのが当然の常識だ」というような、経済的なハードルを無視したアドバイスがされがちです。
しかし、私はそれらの考え方に対して、自分の今の大学生活、そして過酷だった浪人時代の受験校選びの経験から、少しだけ疑問と新しい視点を持っています。 今日は、実際に医学科に通っている私が感じる「テスト前は受験生並みにきついけれど、それ以外は想像以上に楽しくて自由な日々」について、カリキュラムの進み方も含めて具体的にお話しします。 さらに後半では、親から「私立の医学部は学費の面で絶対に無理だ」と告げられ、国公立前期・後期のほぼ1回勝負という極限の不安に震えながらも、2浪目を防ぐために他学部の滑り止めを巧みに組み合わせた私のリアルな併願戦略について、たっぷりと語っていきたいと考えています。
今、果てしなく高い医学部の壁を前にして、毎日机に向かって必死に勉強している中高生の皆さん。 そして、私立医学部を受けるお金はないから国公立一本でいくしかないと覚悟を決めつつも、「もし落ちてしまったらどうしよう」「周りは私立も受けて何度もチャンスがあるのに、自分は1回しかチャンスがなくて不安でたまらない」と、孤独なプレッシャーに押し潰されそうになっている浪人生や社会人の皆さん。
「よし、今日も10時間勉強するぞと意気込んで自習室に来たものの、ふと合格可能性の判定を見て、私立を併願できない自分にはやはり国公立は厳しいのではないかと暗い気持ちになってしまう」
「周りの友達が私立の医学部を何校も受験して、合格を勝ち取って一足早く安心している姿を見て、自分と比べて強い焦りと羨ましさを感じてしまう」
そんな風に思い悩んでしまうこと、ありますよね。そのお気持ち、私には本当に痛いほどよく分かります。 私も受験生時代は、親から私立医学部は絶対にダメだと言われ、チャンスが少ないことへの恐怖と闘いながら、自分の不甲斐なさに一人でため息をついていた普通の学生だったからです。
しかし、私が悩み抜いた末に宮崎大学医学科に合格し、実際に過ごしてきた日々を振り返ってみると、決して「医学部は永遠に暗闇が続くような勉強ばかりの場所」でも、「国公立一本の受験がただ不利で絶望的なもの」でもないという真実が見えてきます。 今日は、皆さんが心の中に抱えている「進学した後の生活への不安」や「受験校選びの経済的な葛藤」という深い悩みに優しく寄り添いながら、読んだ後に心がふっと軽くなり、明日からの勉強に前向きに向き合えるような新しい視点を、私のリアルな体験を交えて丁寧にお届けします。
第一章 宮崎大学医学科カリキュラムのリアル。1年生から6年生までの道のり

1年生での穏やかなスタートと専門への助走
医学部に入学すると、一体どのような勉強が待っているのでしょうか。 よく、入学した瞬間にぶ厚い医学書を渡されて、呪文のような専門用語を毎日暗記させられるのではないかと怯えている人がいますが、実は最初のスタートは驚くほど穏やかなものです。
1年生の時期は、まだ専門的な医学の勉強はほとんどありません。 高校時代の生物の延長線上にあるような基礎的な生物学や、英語、そして人間関係を学ぶような教養科目の授業がメインになります。 宮崎大学の場合は、週に何度も医学界の様々な分野で活躍されている高名な先生たちのお話を聞くという、とても刺激的なオムニバス形式の授業がたくさん用意されていました。 驚かれるかもしれませんが、宮崎大学のカリキュラムには、理系学生が苦しみがちな高度な数学の授業はありませんでした。 ですので、数学が少し苦手なまま入学した人であっても、1年生の間は大きな負担を感じることなく、新しい大学生活の環境にゆっくりと慣れていくことができます。
2年生で訪れる最初の最大の山場。解剖実習の過酷さと感動
しかし、穏やかな日々はいつまでも続きません。 2年生になると、医学部生活の中で最も大きな最初の山場である「解剖実習」がいよいよ始まります。
この実習は、2年生の前期、つまり4月から7月にかけての約4か月間、毎週のようにずっとスケジュールが組まれています。 私たちの学年では、5人から6人の学生で1つのグループを作り、そのグループに対して1人のご遺体、すなわちご献体を担当させていただき、自らの手で解剖を行って人体の構造を学んでいきました。 教科書の平面のイラストではどうしても理解できなかった筋肉や血管、神経の立体的な走行を、実際にメスを握って自分の目で見て、触れて、確かめるという経験は、本当に言葉では言い表せないほどの緊張感と深い感動を伴うものです。 解剖実習と並行して、ホルモンの働きや体内の化学反応を細かく学ぶ「生化学」などの基礎医学の講義も本格化します。 高校の生物で習った「クエン酸回路」などの代謝経路を、何倍も細かく、そして臨床に結びつく形で学び直すことになるため、覚えるべき知識の量は一気に跳ね上がります。
3年生から4年生。病気の解明と、病院実習への関門である CBT と OSCE
3年生の前期になると、同じように人体の基本的な仕組みを学ぶ基礎科目の講義が続きますが、このあたりからようやく、顕微鏡を使って組織を観察する「病理学」などの授業で、具体的な病気の名前が登場するようになります。 病気のメカニズムや人間の体が異常をきたすプロセスを学ぶことで、自分が将来医師になるのだという実感がさらに強くなっていきます。
そして、3年生の後期から4年生の前期にかけては、皆さんが最もよくイメージするであろう「臨床医学」の講義が一気に始まります。 これは内科学や外科学、さらに細かく分けると循環器内科、呼吸器内科、小児科、産婦人科といった、それぞれの診療科ごとに実際の疾患の診断や治療法を1年間かけてみっちりと学んでいく非常に実践的な講義です。 この臨床医学の膨大な講義が終わると、4年生の夏に「CBT(シービーティー)」と「OSCE(オスキー)」と呼ばれる、全国共通の準国家試験のような非常に大きな試験が待っています。 CBTはパソコンを使って医学の知識を問う記述形式の試験で、OSCEは実際の患者さんを想定した実技や態度を評価する実務的な試験です。 この2つの試験は、医学部における非常に高いハードルとなっており、両方にしっかりと合格しなければ、4年生の後期から始まる実際の病院での実習に出る資格を得ることができません。 無事に合格を掴み取った4年生の後期からは、毎日がっつりと大学病院や地域を代表する大病院、クリニックなど、様々な現場を回りながら医師の指導のもとで学ぶ「病院実習(クリニカル・クラークシップ)」がスタートします。 この病院での実習は6年生の前期あたりまで続き、その後は卒業試験、そして人生の集大成である医師国家試験に向けて、ひたすら勉強に励む日々へと突入していくのです。
第二章 テスト期間は受験生以上にきつい?医学部生活の真実
天才肌のライバルたちと、自分なりの闘い方
医学部に合格するような人たちは、高校時代に学年のトップを走り続け、模試でも優秀な成績を取り続けてきたような、勉強に対して非常にモチベーションの高い優秀な人たちばかりです。 そのようなトップ層だけが1つの教室に100人以上集まっているわけですから、日々のテスト対策のレベルは必然的に極めて高いものになります。
実際に進級をかけた定期試験の時期になると、周囲のライバルたちは当たり前のように、寝る間を惜しんで凄まじい量の勉強を始めます。 私自身、テスト期間中の毎日の勉強時間を振り返ってみると、あの辛かった浪人時代の1日の勉強時間よりも、はるかに多く机に向かって勉強していたのではないかと思うことがよくあります。 それくらい、医学部の進級試験を突破するための暗記量とエネルギーは膨大です。
さらに、学内には「1回教科書を読んだら、ページのレイアウトごとすべて丸暗記してしまった」と言うような、恐ろしいほどの天才肌の同級生も実際に存在します。 そのような人たちを目の当たりにすると、自分の凡人さに思わずため息が出て、自信を失いそうになることもあります。 しかし、私はそこで周りと比べて落ち込むのをやめました。 地頭の良さや記憶のスピードは人それぞれ違いますから、他人を気にしすぎるのではなく、「自分は自分のペースで、確実に合格点を取るための準備を泥臭く進めればいいのだ」と割り切って、目の前のプリントに集中することが何よりも大切なのです。
100人の仲間と乗り越える、独自の人間関係
「とはいえ」、テスト期間がどれほど過酷であったとしても、医学科の生活が決して息苦しいだけの監獄ではないと断言できる最大の理由があります。 それは、学年全体の「圧倒的な仲の良さと団結力」があるからです。
他の一般的な総合大学の学部であれば、自分がどの授業を選択するかによって、毎日教室にいるメンバーがバラバラになることが普通です。 しかし、医学科という場所は違います。 入学した1年生の4月から、卒業する6年生の3月までの丸6年間、100人から110人ほどの同級生全員が、全く同じスケジュールで、全く同じ教室で、全く同じ授業と実習を一緒に受け続けるのです。
この濃密な環境は、他のどの学部とも異なる、非常に強い横の繋がりを生み出します。 毎日顔を合わせているうちに、学年全員がまるでお互いの性格を熟知した1つの大きな家族のようになっていきます。 そのため、進級試験が近づいてくると、誰かが誰かを蹴落とすようなギスギスした雰囲気は一切なく、「みんなで情報を共有し合って、全員で合格して一緒に上の学年に進もう!」という、素晴らしい協力体制が自然と築かれるのです。
過去問を誰かがきれいに解いて共有してくれたり、難しい分野を分かりやすくまとめた「まとめ資料」を誰かが作って全員に配ってくれたりと、お互いに助け合いながらテストを乗り越えていきます。 テストが終わった休みの日は、今度はその仲間たちと一緒に旅行に行ったり、美味しいものを食べに行ったり、朝まで他愛のない話で盛り上がったりと、全力で学生生活を楽しみます。 苦しいテストを一緒に乗り越えたからこそ、その後に待っている自由な時間は言葉では言い表せないほど楽しく、ここで得られる一生モノの親友たちの存在こそが、医学科に入って本当に良かったと思える最高の価値なのです。
第三章 非医師家庭の現実。関西から宮崎へ、我が家の厳しい経済方針

親の絶対条件と、私立医学部なしという冷徹な現実
ここからは、後半のテーマである「受験におけるお財布事情と、併願戦略のリアル」について、私の個人的な経験を包み隠さずお話ししていきます。
私の両親は医師ではなく、医療とは全く関係のない一般の家庭で育ちました。 そのため、私が高校生の頃に「将来、医学部に行ってみたいんだ」と初めて親に打ち明けた時、親から真っ先に提示された、非常に厳格な2つの絶対条件がありました。
1つ目は、「大学は絶対に国公立大学でなければならない」ということ。 2つ目は、「関西の実家から自宅で通える範囲の大学にしてほしい」ということでした。
この2つの条件を突きつけられた時、私は目の前が真っ暗になるような感覚を覚えました。 なぜなら、国公立大学の医学科というのは全国どこであっても超難関ですが、特に関西圏(京都大学、大阪大学、神戸大学、大阪公立大学など)の国公立医学科は、日本全国のトップ層がしのぎを削る、異次元の難易度の大学ばかりだからです。 実家から通える範囲で国公立医学科に合格するというのは、私にとってあまりにも高すぎる壁でした。
しかし、私が真剣に机に向かって勉強し、医師になりたいという強い想いを伝え続けるうちに、親の考えにも少しずつ変化が現れました。 私の本気度を理解してくれた両親は、ある日、条件をこのように緩めてくれたのです。 「分かった。国公立大学の医学科であるならば、日本全国どこの大学であっても、一人暮らしの仕送りも含めて全面的にサポートする。ただし、高額な学費がかかる私立の医学部に関しては、1校たりとも受けることは絶対に認めない。」
この言葉により、私の受験は「全国のどこでもいいから、とにかく国公立の医学科に絶対に合格する。私立の医学部という滑り止め(セーフティネット)は一切存在しない」という、非常にスリリングで厳しい戦いになることが決定しました。
現役時代の無謀な挑戦と、1つの合格も得られなかった初戦
私立を一切受けないということは、入試のチャンスが極めて少ないということを意味します。 国公立大学の入試は、基本的に前期日程で1回、後期日程で1回の、合計2回しかチャンスがありません。 多くの医学部受験生が、滑り止めとしていくつかの私立医学部を併願し、そこで合格(一次合格も含めて)を確保することで、精神的な余裕を持って本命の国公立に挑んでいます。
それに対して、現役時代の私は、本当に国公立の前期と後期、しかもどちらも医学部医学科のみしか出願しませんでした。 私立の併願は1校もなし、他学部の受験も一切なしという、まさに崖っぷちの挑戦でした。
結果は、惨敗でした。 共通テストの点数も、二次の記述力も、医学科の合格ラインには遠く及ばず、1つの合格も、そして1つの安心も得られないまま、私の現役受験はあっけなく終了してしまいました。 不合格の通知を画面で見た時の、足元が崩れ去るような絶望感と、親に対する申し訳なさは、今でも思い出すと胸が締め付けられるような気がします。
第四章 浪人期の決断。「2浪は絶対無理」から生まれた、緻密でリアルな併願戦略
親との家族会議と、崖っぷちの覚悟
現役での失敗を受け、私は浪人生としてもう1年だけチャンスをもらえることになりました。 予備校での新しい生活を始める前に、私は両親と今後の進路について、非常に真剣な家族会議を開きました。
そこで私が親に伝えたのは、自分の精神的な限界についてでした。 「お父さん、お母さん。もう1年勉強を頑張るけれど、私は自分の性格上、どうしても2浪目、つまりこれ以上の浪人生活に耐えられる自信が全くない。だから、この1年間の浪人生活で、何が何でも絶対にどこかの大学に進学して、受験勉強を終わらせたいんだ。」
私の切実な想いを聞いた両親は、私の意志を尊重してくれました。 そして私たちは、2浪目を絶対に防ぐため、かつ、親が提示した経済的なルール(私立医学科は不可、医学科以外なら実家から通える範囲)を完璧に守るための、非常に緻密で現実的な「他学部を絡めた併願戦略」を組み立てることにしたのです。
2浪目を防ぐための、執念の出願校リスト
そうして1年間、死に物狂いで勉強を重ね、浪人期の冬にいざ出願の時期を迎えた時、私と両親が作成した出願リストは以下のようなものでした。
- 前期日程: 宮崎大学 医学部 医学科(ここで本命の医学科合格を狙う)
- 中期日程: 名古屋市立大学 薬学部(実家からなんとか通える範囲、かつ理系の優秀な滑り止めとして受験)
- 後期日程: 神戸大学 医学部 看護学科(実家から通える範囲で、最も信頼できる医療系の国公立国公立の滑り止め)
- 私立受験: 同志社大学(実家から近く、もしもの時のための最終的な進学先として受験)
- その他の受験: 防衛医科大学校の医学科、および看護学科
この出願リストの最大のポイントは、本命である「宮崎大学医学科」に万が一落ちてしまった場合の受け皿を、徹底的に用意したことにあります。 もしも医学科の夢が破れた場合でも、中期日程の薬学部や、後期日程の神戸大学看護学科であれば、実家から通える範囲にあり、かつ医療や科学に深く関わる素晴らしい大学に進学することができます。 さらに、私立の同志社大学を確保しておくことで、「どこの大学にも受からずに、4月からの行き先がなくなってしまう」という最悪の事態(浪人の継続)を100パーセント防ぐことができる、まさに完璧な布陣を作ったのです。
「とはいえ」、このリストを作る時、私の心の中には複雑な葛藤が渦巻いていました。 高校時代の同級生の中で、国公立に落ちてしまったけれど、私立の医学部に合格して、私より1年早く憧れの大学生活をスタートさせている友達の姿を、SNSなどで見ることがありました。 それを見ていると、「いいな、みんなは私立の医学部というチャンスを何度も使えて、羨ましいな」と、自分の境遇を恨めしく思うことも正直ありました。 私は前期と後期の、たった2回しか医学科へのチャンスがないのに対して、お金のあるライバルたちは何校も私立を受けて合格を勝ち取っている。 その不公平さに、夜一人でベッドの中で、悔しくて涙を流したことも一度や二度ではありませんでした。
第五章 国公立一本というプレッシャーを強みに変える逆転の思考法

選択肢が少ないことは、迷いを消す最強の武器である
「とはいえ」、チャンスが少ないことをただ嘆いていても、成績が伸びるわけではありません。 私は、ある日を境に、この「国公立一本しか受けられない」という自分の状況を、あえてポジティブに捉え直してみることにしました。
よくあるアドバイスとして、「私立医学部を併願して、試験の独特な形式に慣れておきなさい」と言われます。 しかし、私立医学部の入試問題というのは、大学ごとに驚くほど個性的で、かつ難解な癖のある問題が非常に多いです。 もし、いくつもの私立医学部を併願しようとすれば、それぞれの大学の過去問を取り寄せ、それぞれの傾向を分析し、それぞれに合わせた特別な対策をするために、膨大な時間とエネルギーを奪われてしまうことになります。
一方、私のように「私立医学部は一切受けない。国公立の医学科だけを目指す」と最初から決まっていれば、どうでしょうか。 やるべき勉強の方向性は、恐ろしいほどシンプルに、一本の細い道へと絞られます。
国公立大学の二次試験で出題されるのは、一部の例外を除いて、基本に忠実で、論理的な思考プロセスを丁寧に記述させる良質な記述式の問題ばかりです。 ですので、私は私立の独特な問題への対策に1秒も時間を割く必要がなく、ただひたすらに、国公立の二次記述でしっかりと得点するための「普遍的で本質的な実力」を磨くことだけに、全ての時間を投資することができたのです。
焦りをエネルギーに変えて、一点を突破する
「私には後がない。前期の宮崎大学で合格をもぎ取る以外に、医学科に進む道は残されていない」という極限のプレッシャーは、確かに私の精神をすり減らしました。 しかし、そのプレッシャーこそが、私の集中力を極限まで高めてくれる最強のガソリンになってくれたこともまた事実です。
「もし、ここで1問ミスをしたら、私の医学科への夢はすべて消え去る」と思えば、日々の計算練習でも、記述の解答を作る時でも、1点のミスすら出さないための正確性を、執念深く追求するようになります。 私立をたくさん受けて、どこかで1つでも合格がもらえればいいやという安心感を持っているライバルたちよりも、私の方が、本番での1点に対する執着心と集中力において、はるかに勝っていたのだと自負しています。
選択肢が少ないことは、一見すると不利で心細いものに思えますが、見方を変えれば、それは「迷いをすべて消し去り、1つの目標にすべてのエネルギーを集中させるための最大の強み」になるのです。 もし今、経済的な理由から「自分は国公立しか受験できない」と悩んでいる人がいれば、どうかその状況を誇りに思ってください。 あなたのその限られたチャンスこそが、あなたを最も純度の高い、強い受験生へと育て上げてくれる最強の環境なのですから。
終わりに:限られた切符を握りしめて、眩しい未来へ歩き出そう
今回は、私の宮崎大学医学部での充実したカリキュラムや、100人の最高の仲間たちと協力し合う「マジで楽しい大学生活のリアル」について。 そして、非医師家庭として直面した「受験料のシビアなお財布事情と、国公立一本という極限のプレッシャーを最強の力に変えるリアルな併願戦略」について、たっぷりと語らせていただきました。
読者の皆さんが今抱いている「国公立一本で本当に受かるのだろうかという底知れない不安」や「周りの恵まれた環境と比べて感じてしまう理不尽な焦り」は、私がかつて関西の実家で、夜遅くまで電卓を叩いて受験にかかる費用を計算し、チャンスの少なさに枕を濡らしていたあの頃と、全く同じものです。
しかし、今日お話ししたように、医学科の生活は、そこに至るまでのどんなに過酷な努力をも一瞬で報いてくれるほど、知的好奇心に溢れ、最高の仲間に恵まれた、眩しいくらいに楽しい世界です。 そして、経済的な理由で国公立一本しか受けられないという厳しい現実は、決してあなたの合格の可能性を狭めるものではありません。 むしろ、余計な回り道をせず、ただ目の前にある国公立の王道の記述対策だけに全ての力を集中させ、あなたを劇的に成長させてくれる最強のブースターなのです。
もしどうしても2浪目が怖くてたまらないのであれば、私のように、他学部の素晴らしい国公立の滑り止めをうまく組み合わせて、逃げ道を確保するリアルな作戦を立ててください。 「行き先はある。だから、本命に何も恐れずにアタックできる」という心の余裕が、本番の試験用紙を前にしたあなたの手を、いつも通りにリラックスさせて動かしてくれます。
長く過酷な受験生活の中で、自分の環境の制限に不公平さを感じて、ため息をつく日もあると思います。 しかし、あなたが今、その限られた切符をしっかりと両手で握りしめて、「絶対に合格してみせる」と一歩ずつ前に進んでいるその姿勢は、本当に立派で、何よりも美しい挑戦の姿です。
どうか、自分自身の秘めた可能性と、これまで積み上げてきた地道な努力を信じて、今日やるべき目の前の課題に全力で向き合ってください。 あなたがすべての制限とプレッシャーを跳ね除けて、春に笑顔で医学部の門をくぐり、私たちと一緒に素晴らしいキャンパスライフを送れるようになる日を、宮崎の地から心より応援しています。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。 一緒に頑張りましょう!ローカルメディでお待ちしております!
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