こんにちは!
全国の医学部受験生をサポートするオンライン塾、ローカルメディの宮崎大学医学部医学科のKです!
私は決して、最初から誰もが憧れるような熱い使命感に燃えていたわけでも、24時間いつでもモチベーションを高く保ち続けられた天才でもありません。 進路を決める時期になってもやりたいことが全く見つからずに悩み、家で勉強を始めるためのやる気が出なくてダラダラと時間を無駄にしては、自己嫌悪に陥るような、本当にごく普通の、どこにでもいる不器用な受験生でした。 そうした泥臭い葛藤や失敗を一つひとつ自らの思考で整理し、乗り越えてきたからこそ、今の宮崎大学医学部医学科での充実した毎日があります。 今回は、将来の夢が定まらずに焦っている皆さんや、日々の勉強へのやる気が出なくて自分を責めてしまっている皆さんのために、私の等身大の受験体験をありのままにお話ししたいと考えています。本日はどうぞよろしくお願いいたします。
今日は、大きく分けて2つの非常に大切なテーマについて書いていきたいと思います。
前半は、私が綺麗事なしに医師を志した、実はふわっとした本当の理由と、そこから生み出した面接や志望理由書で絶対に突っ込まれない無敵の志望動機ハックについてです。
そして後半は、受験業界でよく言われている壁に名言を貼る的なモチベーションアップの工夫を私が一切しなかった理由と、やる気に頼らずに日々の自習を淡々とこなしていくための身体的な集中力の極意についてお伝えしていきたいと考えています。
一般的に、医学部を志望する生徒や浪人生、再受験を目指す社会人の皆さんは、学校の先生や周囲の大人たちから、「医師を目指すからには、幼少期の病気の経験など、誰しもが納得するドラマチックで崇高な理由が必要である」と言われがちです。 また、日々の学習に関しても、「受験生なのだから、合格した後の自分の輝かしい未来を毎日のように想像し、高いモチベーションを常にキープして机に向かいなさい」といった、強い意志の力を求めるアドバイスが溢れています。
しかし、私はそれらの一般的な常識やよくある精神論のアドバイスに対して、自分のリアルな受験体験、そして実際に医学部に入ってから多くの仲間に囲まれて過ごす中で、少しだけ疑問と新しい視点を持っています。
本当に、最初から明確で立派な志を持っていなければ、医学部を受験してはいけないのでしょうか。そして、24時間365日、高いやる気(モチベーション)を維持し続けなければ、膨大な受験勉強を勝ち抜くことはできないのでしょうか。
今、高い医学部の壁を前にして、自分の志望動機が薄っぺらいのではないかと悩み、推薦書や願書の作成を前にして筆が止まってしまっている受験生の皆さん。 さらに、毎日の重苦しい予備校の空気の中で、どうしても勉強に手がつかない日があり、「自分には受験生としての覚悟が足りないのではないか」と、自分を激しく責めて罪悪感を抱えている浪人生や社会人受験生の皆さん。
よし、今日も1日頑張るぞと机に向かったものの、参考書を開いた瞬間にやる気がどこかへ消え去ってしまい、何時間もスマートフォンの画面を眺めては、自己嫌悪のどん底に沈んでしまうことはありませんか。
また、面接対策の本をめくっては、そこに書かれている立派な例文と自分の本音とのギャップに苦しみ、「こんなふわっとした気持ちの自分は、面接官に見透かされて落とされてしまうのではないか」と、見えない未来に怯えていませんか。
そんな風に思い悩んでしまうこと、ありますよね。そのお気持ち、私には本当に痛いほどよく分かります。私も受験生時代は、これといった特別な夢を持てずに進路に迷い、やる気の出ない自分をどうやって机に向かわせればいいのか分からずに、自習室の隅で一人で葛藤していたからです。
しかし、私が悩み抜いた末に宮崎大学医学科に合格し、実際に過ごしてきた日々を振り返ってみると、志望動機なんて最初はふわっとしていても全く問題ありません。そして、勉強の継続に必要なのは、無理に作り出すモチベーションではなく、自分の身体の仕組みをハックするちょっとした行動のルールと、恵まれた環境への素直な感謝の気持ちであるという真実が見えてきます。
今日は、皆さんが心の中にぼんやりと抱えている、綺麗事の志望動機に対する違和感や、モチベーションを維持できない自分への罪悪感という深い悩みに優しく寄り添いながら、読んだ後に心がスッと軽くなり、明日からの勉強が少しでも前向きになるようなヒントを、私のリアルな体験を交えて丁寧にお話しさせていただきます。
第一章 医師を志した綺麗事ゼロの本当の理由

1 入学してみて分かった、意外とふわっと入ってくる仲間たちのリアルです
まずは、私が医学部を目指すことになった、本当に嘘偽りのない、等身大の動機についてお話しさせてください。
世間一般のイメージや、テレビの医療ドラマなどを見ていると、お医者さんになる人というのは、全員が子供の頃から「人を救いたい」という強い情熱を持って、一直線に努力してきたように見えますよね。 しかし、現役で合格して、実際に宮崎大学医学部医学科に入学してみた私の実感として、それは大きな誤解であると分かりました。
もちろん、中には「幼少期に重い病気を患って、その時に命を救ってくれたお医者さんの姿に深く感動したから自分も同じ道を志した」という、本当に素晴らしい、ドラマのような動機を持って入学してくる同級生も、確かに存在しています。 しかし、周りを見渡して色々な仲間と本音で語り合ってみると、実は「なんとなく、ふわっと医学部に来ちゃいました」というような人が、想像以上にたくさんいるのですよ。
ですから、今この記事を読んでいるあなたが、「自分にはそこまで熱い医療への情熱がないな」とか、「成績が良いから、なんとなく上を目指していたら医学部が視野に入ってきただけだな」と悩んでいるとしても、全く引け目を感じる必要はありません。 医学部という場所は、そこまで神聖化された、選ばれた聖人君子だけが目指す特別な場所ではないのです。 他の理学部や工学部、文学部を目指す人たちが「なんとなくこの分野が面白そうだから」と進路を選ぶのと同じように、カリキュラムが4年制か6年制かという違いがあるだけで、普通の大学の1つの学部に過ぎないと私は考えています。 まずは、その過剰な神聖視を解き、一人の普通の人間として、フラットな気持ちで医学部の門を叩いてほしいと思います。
2 やりたいことがないからこそ人をサポートする、逆転の発想から生まれた志望理由ハックです
とはいえ、いくら「本音はふわっとした動機でいいよ」と言われたとしても、現実問題として立ち塞がるのが、入試における「志望理由書(願書)」や「面接試験」という高いハードルですよね。 大学の面接官や、書類をチェックする先生方は、あなたの綺麗事の本音を見破ろうと、 「なぜ、他の学部ではなく、あえて過酷な医学部を志望するのですか」 という鋭い質問を、何度も何度もぶつけてきます。
私自身、高校3年生になって本格的に願書を書かなければならなくなった時、この問題に本当に頭を抱えてしまいました。 当時の私には、どうしてもやりたいことや、なりたい特定の職業というものが、何一つとして見つかっていなかったからです。 「明確な理由がないのに、どうやって5000字や何百字もの説得力のある文章を書けばいいのだろう」と、机の前で頭を抱えて何日も悩んでいました。
そんな悩みのどん底にいた私が、ある時、思考を180度転換させて、ある画期的なロジックを思いつきました。 それは、「やりたいことがない、という自分の弱みそのものを、最大の強みに変えてアプローチする」という、無敵の逆転の志望理由ハックだったのです。
具体的に、私が志望理由書に書いた、そして実際の面接試験の場でも堂々と面接官に向かって発言した内容のエッセンスをお話しします。
私は、以下のように話を展開していきました。
高校生になって真剣に進路を考えた時、私にはどうしてもやりたいことや、実現したい特定の夢がありませんでした。 しかし、だからこそ私は、「自分の明確な夢を追うのではなく、何か強いやりたいことや夢を心に持っている人たちを、後ろから全力で支えてサポートしてあげる仕事に就きたい」と考えるようになりました。
社会の中で、誰かをサポートする素晴らしい職業は、たくさん存在しています。 例えば、新しい事業を立ち上げたいという夢を持つ起業家に対して、融資という形で夢の実現を支える銀行員もそうです。 あるいは、将来大きな夢を叶えたいと願う子供たちに対して、教育という形でその可能性を育みサポートする学校の先生も、本当に立派な仕事です。
しかし、それらのサポート業務の中でも、人間が夢を追いかけるためのすべての前提条件となる「健康(命)」を支えるお医者さんという仕事は、究極のサポート職であると私は気づきました。 どれほど素晴らしい夢や、やりたい事業を心に抱いていたとしても、大きな病気にかかって体が動かなくなってしまえば、その挑戦をスタートさせることすらできなくなってしまいます。 病気によって夢を諦めざるを得ない立場にいる人たちの体と心を救い、彼らがもう一度、自分のやりたいことに向かって全力で走り出せるように手助けをしてあげること。 これこそが、夢を持たない私が、夢を持つ人々に対して提供できる、最も価値のある生涯のサポート活動であると確信しました。
そして、このような尊いサポート職である医師になるためには、非常に高い学力と、厳しい競争を勝ち抜く努力が必要であり、なれる人が本当に限られています。 幸いなことに、当時の私には、その医学部に挑戦するための高い学力と、地道に努力を継続できる環境が揃っていました。 だからこそ、私は自らの能力を最大限に活かして、この医師という道を目指すことを決意したのです。
いかがでしょうか。このロジックは、やりたいことがないという自分の状況をロジカルに肯定しながら、医師という職業の重要性をこれ以上ないほど綺麗に説明できていますよね。 この考え方は、面接官にとっても「なるほど、そういう視点があったか」と深く納得せざるを得ず、後から矛盾を突っ込む隙が全くありません。 推薦入試や一般入試の面接対策で、自分の動機の薄さに悩んでいる受験生の皆さん、ぜひこの逆転の発想を自分なりにアレンジして、自信を持って面接官の前に立ってみてください。
第二章 モチベーションの嘘と、壁に名言を貼るのをやめた理由
1 モチベーションは無理に作り出そうとしても長続きしません
ここからは、後半のテーマである、皆さんが日々の受験勉強を進める中で、最も多くのエネルギーを消費しているであろう「モチベーション管理」について、少し変わった視点からお話ししていきたいと思います。
受験生の机の前の壁を想像してみると、よく、 「油断一秒、怪我一生」とか、 「不撓不屈(ふとうふくつ)の精神で、第一志望合格を掴み取れ」 といった、熱い名言や、目標とする大学の名前を書いた紙が、これでもかと貼り巡らされている光景が思い浮かびますよね。 学校の先生や塾のアドバイザーからも、「やる気が落ちたときは、自分の心に響く偉人の言葉を壁に貼って、毎朝それを見てテンポよくモチベーションを奮い立たせなさい」というアドバイスが、とても一般的です。
しかし、私は受験生時代、このようなモチベーションを高めるための工夫を、一切、完全にしていませんでした。 壁には何も貼っていませんでしたし、自分のテンションを無理やり盛り上げるようなアプローチも、全く行っていなかったのです。
なぜ、私がそんな冷めたようなやり方をしていたのか、その理由は極めてシンプルです。 それは、 「無理に作り出そうとしたモチベーションは、どう頑張っても長続きしない」 という冷徹な真実に、私が早い段階で気づいてしまったからなのです。
皆さんも、経験はありませんか。 素晴らしいモチベーション本を読んだり、有名な先生の熱い講演を聞いたりした直後は、 「よし、俺は絶対に生まれ変わって、今日から毎日15時間勉強して合格するぞ」 と、胸の奥から熱い火の玉のようなやる気が湧き上がってきますよね。 しかし、その熱い情熱は、次の日の朝、あるいは2日後の夜には、まるで魔法が解けたかのように綺麗さっぱりと冷め切ってしまい、いつもの「勉強したくないな」というダラダラした自分に戻ってしまっているはずです。
やる気や情熱といった感情は、人間の脳のホルモン分泌の一時的な変化に過ぎません。 ですから、風が吹けば一瞬で消えてしまうろうそくの火のように、極めて不安定で、移ろいやすいものなのです。 そんな頼りない「感情」に、自分の人生の命運を分ける受験勉強の継続を依存させることは、あまりにもリスクが高すぎると私は考えました。 モチベーションを無理に作ろうとして、作れない自分に余計に落ち込んでしまうくらいなら、最初からそんなものは存在しないと割り切ってしまった方が、精神的に何倍も楽になるのですよ。
2 モチベーションに頼るのをやめ、やるべきだからやるという身体的な単純さに徹します
では、モチベーションに頼らずに、私はどのようにして、あの過酷な受験勉強を毎日淡々と続けることができたのでしょうか。
私がたどり着いた境地は、 「やりたいからやる、なりたいからやる、という感情をすべて排し、これは単に、やるべきものだからやるのだという、究極に単純な身体的ルーティンに落とし込むこと」 でした。
皆さんは、毎朝起きてから、 「よし、今日も歯を磨くぞ!健康で白い歯を維持するために、モチベーションを高く持って、一生懸命に歯ブラシを動かすぞ」 と、熱い情熱を持って洗面台に向かっていますか。 おそらく、そんな人は一人もいませんよね。 眠い目をこすりながら、特に何も考えずに、 「朝起きたら、これはやるべき当たり前のことだから」 という感覚で、体を作業的に動かして歯を磨いているはずです。
私は、受験勉強も全く同じレベルの「当たり前のルーティン」にまで引き下げてあげることが、最も重要であると考えています。 「この勉強が将来どう役立つか」とか、 「これをやったらどんな立派なお医者さんになれるか」 といった、余計な意味づけや妄想を、頭の中で一切しないようにするのです。
学校に行き、授業を受け、放課後は当たり前のように自習室へ移動し、机の上の問題集をめくる。 そこに、「やりたいかどうか」という感情を介入させる余地を、1ミリも与えません。 ただ「やるべきだから、やる」。 この、感情を極限までオフにしたロボットのような単純さに徹することこそが、感情の起伏に左右されずに、毎日安定して高いパフォーマンスで勉強を継続するための、最も強力で、最も疲れない唯一の方法だったのです。
第三章 やる気ゼロの壁を破壊する「とりあえず5分」の作業興奮

1 始める時にだけ、ほんの少しの火種があれば、あとは体が勝手に動いてくれます
とはいえ、いくら「勉強をルーティンにしなさい」と言われたところで、 「頭では分かっているけれど、どうしても今日は体が重たくて、ペンを握る気にすらなれない」 という、やる気ゼロの最悪な日というのは、誰にでも必ず訪れますよね。 特に関東の冷たい雨の日や、夏の猛烈な暑さで体力が削られている時など、机に向かうこと自体が、まるで拷問のように感じられる瞬間があります。
そんな、行動をスタートさせるための「最初の重たい1歩」を踏み出すために、私が実践していた極めて実用的なアプローチをご紹介します。
それは、「何があっても、とりあえず5分だけ、目を閉じてでもいいから参考書を開いてペンを動かしてみる」という、ハードルを極限にまで下げたマインドのハックです。
実は、モチベーションややる気というものは、 「勉強を始める前にどこからか湧いてくるものではなく、勉強を始めて身体を動かしているうちに、後から脳の中で勝手に生み出されてくるもの」 なのですよ。
これを、行動心理学の世界では「作業興奮(さぎょうこうふん)」と呼びます。 人間の脳は、何もしないでボーッとしていると、行動を抑制するブレーキが働いたままになります。 しかし、重い腰を上げて、
- とりあえず、英単語帳を1ページだけ眺めて、口に出して発音してみる。
- とりあえず、数学の計算スペースに、公式の1行目だけを書き写してみる。 というように、ほんの5分だけでも身体的な作業をスタートさせてあげると、脳の活動スイッチがカチッと入り、ブレーキが外れていきます。
すると、始める前は「絶対に今日は勉強なんて無理だ」と絶望していたはずなのに、気づけば5分が10分になり、15分が1時間になり、いつの間にか自習室の誰よりも深く集中して問題集を解き進めていた、という素晴らしい結果に繋がっていくのです。 始める時のモチベーションなんて、マッチの小さな火種のようなもので十分です。 その小さな火種を「とりあえず5分」で擦ってあげれば、あとはあなたの身体の仕組みが、大きな集中力の炎へと自動的に育ててくれますよ。
2 始めちゃえばあとは気持ちではなく、集中力を維持するための身体的な体力勝負になります
「とりあえず5分」の魔法を使って勉強をスタートさせることができたら、そこから先は、あなたの「やる気(メンタル)」の出番は、本当に、一瞬たりともありません。
なぜなら、勉強を始めてからの集中力の持続時間は、あなたの精神的な覚悟の強さではなく、 「脳に血流を送り続け、同じ姿勢で机に向かい続けるための、身体的な『体力』の問題」 に、完全にシフトしていくからです。
私は、受験勉強の後半戦における集中力は、一種のアスリートのような筋肉トレーニングや体力勝負と同じ性質のものであると考えていました。 「今日はやる気があるから、10時間集中して走れるぞ」 と意気込んでも、日頃から10時間机に向かうための身体的な首や肩の筋力、脳のメモリーを使い続けるための糖分の補給、そして規則正しい睡眠による脳の老廃物の除去といった「肉体的なメンテナンス(トレーニング)」を怠っていれば、3時間走った時点で、あなたの脳のパフォーマンスは限界を迎えて、文字がただの記号にしか見えなくなってしまいます。
ですから、自習室で長く集中して勉強を続けられるようになりたいと願うなら、自分の心(感情)を鍛えようとするのはやめましょう。 その代わりに、
- 毎日、決まった時間にお布団に入り、十分な睡眠時間を死守して脳を休めること。
- 勉強中も、脳の唯一の栄養源であるブドウ糖(ラムネや甘い間食など)を小まめに補給して、ガス欠を防ぐこと。
- 毎日少しずつ、自習室の椅子に座って集中し続けるための「お尻の筋肉」や「背筋」を、コツコツと机に向かうことで鍛え上げていくこと。 というように、自分の肉体を「勉強用のマシーン」として、丁寧に調整してトレーニングしてあげるアプローチを意識してみてください。 この身体的なアプローチこそが、結果として、どんな名言ポスターを眺めるよりも、あなたの1日の勉強時間を圧倒的に最大化させてくれる確実な道になるのです。
第四章 なぜ勉強するのか、圧倒的に「生きやすくなる」という生存戦略
1 勉強をして良い大学に行くと、周りからの目線や扱いが劇的に変わります
ここまで、志望動機やモチベーションの現実的なアプローチについてお話ししてきましたが、ここで、 「そうは言っても、そもそもなんで自分は、こんなに毎日しんどい思いをしてまで勉強しなければならないのだろう」 という、皆さんの心の奥底に眠っている、最も根源的な疑問に寄り添ってみたいと思います。
この「なぜ勉強するのか」という問いに対して、多くの大人は、 「将来、社会に貢献する立派な人物になるためです」とか、 「自分の内面を豊かにし、人として大きく成長するためです」 といった、とても綺麗で非の打ち所がない回答を用意しています。 もちろん、その考え方も本当に素敵ですし、1つの素晴らしい真実ではあります。
しかし、当時の不器用だった私にとって、そんな高尚な理由は、日々の辛い勉強を支えるためのリアルなエネルギーにはなり得ませんでした。 そこで、私がたどり着いた、これ以上ないほど現実的で、かつ最も納得できた「勉強する究極の本音の理由」をお伝えします。
結論から言いますと、私たちが死に物狂いで勉強する最大の目的は、 「将来、この社会において、圧倒的に『生きやすくなる』ため」 なのですよ。
これは、少し他の人と比べるような表現になってしまうため、大きな声で言うのは躊躇われるかもしれませんが、紛れもない現実の1つの側面です。 一生懸命に勉強して、良い成績を取り、世間一般に「良い大学、難関大学」と呼ばれる場所に合格する。 すると、何が起きるでしょうか。
大学の門をくぐったその瞬間から、あなたの周囲の社会から向けられる「目線」や、他人から受ける「扱い」が、本当に明確に、劇的に変わっていくのを感じることになります。 あなたが何も言わなくても、 「あ、この人は、あの厳しい受験競争を勝ち抜くことができる、地道な努力と高い知性を兼ね備えた、信頼できる人間なのだな」 という評価のパスポート(信頼のクレジット)を、社会全体から最初からプレゼントされた状態で、人生の次のステージをスタートさせることができるのです。
もちろん、良い大学に行ったからといって、あなたが自動的に「特別な偉い人間」になれるわけではありませんし、人間の価値そのものに差が生まれるわけでもありません。 東大や医学部に行ったからといって、人間としての本質はごく普通のままであると、私も身をもって実感しています。
しかし、その「特別な人間になれるわけではない」という現実を知った上で、それでもなお、良い学歴や高い知性を持っていることは、あなたのこれからの人生の様々な選択肢を広げ、不必要な摩擦や差別からあなたを力強く守り、圧倒的に生きるのを楽にしてくれるのですよ。 自分の人生を、より快適に、自分の好きな選択肢を選びながら、のびのびと「生きやすく」してあげるための、最強の生存戦略として、今の勉強という最高の武器を磨き上げていってほしいと思います。
第五章 勉強だけに集中させてくれる、実家の温かい環境への深い気づきと感謝

1 家に帰るとご飯が出てきて、お風呂が湧いていることの有り難さを忘れてはいけません
最後に、私が受験生活を通じて、そして今こうして医学部に入ってから、最も心から「気づいて、本当に良かった」と感じている、とても大切な環境のお話しをして、この記事を締めくくりたいと思います。
受験生の皆さんは、毎日、朝から晩まで自習室で勉強をして、夜遅くにヘトヘトになってお家に帰ってきたとき、どのような日々を送っていますか。
ドアを開けると、玄関からふわっと、今日のご飯の美味しそうな匂いが漂ってくる。 台所には、あなたのために温かいご飯が用意されていて、お風呂場に向かえば、ちょうど良い温度でお湯が沸いている。 あなたが脱ぎ散らかした制服や汚れた靴下は、次の日の朝には綺麗に洗濯されて、引き出しの中に美しく畳まれて戻っている。
このような毎日の光景を、皆さんは「当たり前のこと」として、素通りしてしまっていませんか。
私は、医学部に入学して、色々な生い立ちや家庭環境を持った仲間たちと出会う中で、自分の置かれていた受験生時代の環境が、どれほど奇跡のように恵まれていて、温かいものだったのかを、深く、深く痛感させられました。
世の中には、
- 自分の大学の学費や日々の食費を、毎日夜遅くまで自分でアルバイトをして稼ぎながら、睡眠時間を削って必死に医学部受験に挑んでいる人。
- 家に帰っても、親の仕事が忙しかったり、様々な家庭の事情があったりして、自分でご飯を作り、洗濯をこなし、家事をすべて背負いながら勉強している人。
- 幼い兄弟の面倒を見たり、病気や高齢の家族の介護をそばで手伝ったりしながら、限られた時間の中で歯を食いしばってペンを握っている人。 といった、言葉にできないほど過酷なハードルを抱えながら、それでも医師になる夢を諦めずに戦っている受験生が、本当にたくさん実在しているのです。
そのような厳しい現実に比べたとき、 「アルバイトもしなくていい、家事もしなくていい、ただ、自分の未来のためだけに、すべての時間を勉強だけに100パーセント集中して使っていいよ」 と、後ろから優しく支えてくれているご両親や、温かい家庭環境は、本当に、とてつもなく恵まれた、最上級のギフト(贈り物)以外の何物でもありません。
「これだけ恵まれた環境を用意してもらっているのだから、自分は、自分の弱さに甘えてダラダラしている場合ではないな」 「支えてくれている家族のためにも、この素晴らしい環境の価値を120パーセント活かし切って、絶対に合格を掴み取って恩返しをしてあげるんだ」 という、背中を温かく、しかし強力に押し出してくれる感謝の気持ちは、私の受験生活における、最も純粋で、最もブレない最強のエネルギー(原動力)になりました。
今、目の前にある温かいご飯や、お風呂の有り難さに、もう一度だけ、素直な心で目を向けてみてください。 そして、ご家族への「いつもサポートしてくれて、本当にありがとう」という感謝の気持ちを、小さなエネルギーに変えて、今日やるべき目の前の課題に、全力で、淡々と向き合っていってほしいと思います。
終わりに:片苦しく考えず、等身大のあなたのままで、一歩ずつ進んでいきましょう
今回は、私が宮崎大学医学部に合格するまでのリアルな受験経験に基づいた、「医師を志した綺麗事ゼロの逆転の志望理由ハック」について。 そして、「壁に名言を貼るのをやめた理由と、やる気に頼らず身体の仕組みで机に向かうとりあえず5分の行動マインド、究極の生存戦略としての『生きやすさ』と家庭環境への深い感謝」について、たっぷりと語らせていただきました。
読者の皆さんが今抱いている、「これといった崇高な志望動機がなくて、本当に医学部を目指していいのだろうかという漠然とした引け目」や、「日々のやる気が長続きせず、家でダラダラしてしまう自分に対する胸を刺すような強い罪悪感」は、かつて私が、進路希望調査の紙を前にして何時間も筆を止め、壁に貼るべき名言すら見つけられずに自習室で自分の平凡さにため息をついていたあの頃と、何一つ変わりません。
しかし、今日お話ししたように、最初から完璧な情熱を持った聖人君子のようなスーパーマンは、この世界には一人も存在しないのですよ。 志望動機なんて「人をサポートするのが自分に向いていそうだから」というふわっとした理由で十分ですし、やる気が出ない日は「とりあえず5分だけ」と身体を動かして、お母さんが沸かしてくれたお風呂の温かさに感謝しながら一歩ずつ進んでいけば、合格への道は必ず、あなたの前に美しく開かれています。
今、皆さんが机の上で、将来の不安を堪えながら必死にペンを動かしているその1分1秒は、決して無駄にはなりません。 その地道な、等身大の努力の積み重ねこそが、将来、多くの患者さんの夢や活動を健康という土台から支え、彼らの人生を後ろから温かくサポートしてあげられる素晴らしい医師になるための、何よりの強固な土台になるのですから。
長く、過酷な受験生活。 片苦しくなりすぎず、時には自分の弱さを許しながら、等身大のあなたのままで、目の前の1ページに全ての力を注ぎ込んでください。 あなたがすべての葛藤を乗り越えて、春に笑顔で医学部の門をくぐり、私たちと一緒に素晴らしいキャンパスライフを送れるようになる日を、宮崎の地から心より応援しています。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
一緒に頑張りましょう!ローカルメディでお待ちしております!
