こんにちは!宮崎大学医学部医学科の大許真菜と申します。
私は高校時代、現役での医学部受験に一度失敗してしまい、そこから1年間の厳しい浪人生活を経て、現在はここ宮崎大学医学科にご縁をいただき、充実した医学生としての日々を送っています。本日はよろしくお願いいたします。
今日はこんなことを書きたいと思います。 現代の受験生にとって切っても切り離せない「スマートフォンとのリアルな向き合い方」について。 そして、長く苦しい受験生活において、押し潰されそうになるメンタルを支えてくれる「相談相手の選び方と、家族の役割」についてです。
一般的に、受験界隈や学校の進路指導などでは、「受験生になったらスマートフォンは親に預けて、家でも予備校でも一切触らないようにしなさい」とか、「家でも集中して勉強できる環境を作り、スキマ時間も無駄にしないのが合格の秘訣だ」というようなアドバイスがされることが多いと思います。 また、悩みを抱えた時には、「同じ目標を持った予備校の仲間と励まし合いなさい」というような、美しい青春ドラマのような解決策が語られがちです。
しかし、私はそれらの考え方に対して、少しだけ疑問と新しい視点を持っています。 今日は、私が現役時代に「魚を育てるアプリ」を使ってスマートフォンの制限に失敗したという少し恥ずかしいエピソードや、逆に「家では絶対に勉強しない」と決めてスマートフォンを自由に使っていたという極端なメリハリについてお話しします。 さらに後半では、浪人中に大学生になった友人のSNSを見て傷ついたリアルな感情や、模試の成績が悪くて落ち込んだ時に誰に相談すべきなのか、私の両親の完璧とも言える役割分担や地元の親友とのエピソードを交えながら、たっぷりと語っていきたいと考えています。
今、果てしなく高い医学部の壁を前にして、毎日机に向かっている中高生の皆さん。 朝から晩まで予備校の重苦しい空気の自習室にこもり、不安を抱きながら浪人生活に挑んでいる皆さん。
「少しだけ気分転換のつもりでTikTokを開いたら、気がつけば1時間が経過していて、激しい自己嫌悪に陥る」 「模試の判定が悪くて誰かにすがりついて泣きたいのに、予備校の周りのライバルには弱みを見せられなくて、一人で苦しみを抱え込んでしまう」
そんな風に思い悩んでしまうこと、ありますよね。そのお気持ち、私には痛いほどよく分かります。 私も受験生時代は、手元にあるスマートフォンの魔力に負けそうになり、受験のプレッシャーを誰にどうやって吐き出せばいいのか分からずに一人で葛藤していたごく普通の学生だったからです。
しかし、私が悩み抜いた末に合格できた道のりを振り返ってみると、決して「最初からスマートフォンを完全に断ち切ってロボットのように勉強していたから」でも、「予備校の仲間と熱く励まし合って常にポジティブだったから」でもないという真実が見えてきます。 皆さんが心の中に抱えている「やめられないスマホいじり」や「誰にも言えない孤独感」という深い不安に優しく寄り添いながら、明日からの勉強が少しでも前向きになるような、心がスッと軽くなるヒントを、私のリアルな経験を交えてお話しさせていただきます。
第一章 スマートフォンの底なし沼と迷走した対策アプリ

TikTokの無限スクロールという恐怖
医学部を目指すにあたって、英語の長文や数学の難問と向き合うのと同じくらい、いや、それ以上に現代の受験生を苦しめているのが「スマートフォン」という存在です。
私は元々、スマートフォンのゲームなどに熱中するタイプではありませんでした。 スマートフォンにゲームアプリをたくさん入れて、何時間もプレイしてしまうということはなかったのです。 しかし、私には別の強大な敵がありました。 それが、InstagramやTikTokといったSNSです。
皆さんもよくご存知の通り、TikTokなどのアプリは、一度見始めると関連する動画が無限におすすめとして出てきます。 「あと1つの動画を見たら、数学の問題集を開こう。」 そう心に決めて画面を上にスワイプするのですが、たった数分の動画のはずが、指先一つで新しい世界が次々と展開され、脳がその刺激に完全に支配されてしまいます。 気がつけば30分、1時間と時計の針が残酷に進んでいくのを見つめながら、「ああ、またやってしまった。私はいったい何をしているのだろう」という深い後悔と焦りに包まれるのです。 この底なし沼のようなSNSの誘惑は、当時の私にとって本当に恐ろしいものでした。
私は、自分の意志の力だけでこの誘惑を断ち切るのは不可能だと悟りました。 そして、どうにかしてスマートフォンを触らない仕組みを作らなければならないと、真剣に悩み始めたのです。
魚を育てるアプリへの期待と冷静な自分
現役時代の私は、このスマートフォンの誘惑に打ち勝つために、ある工夫を試みました。 それは、「スマートフォンを触っていない時間だけ、画面の中の魚が育っていく」という育成アプリの導入です。
このアプリは、スマートフォンを裏返して置いておくと、その放置した時間に応じて魚が大きくなったり、新しい種類が増えたりするというシステムでした。 スタートボタンを押すと、スマートフォンの他の機能が使えなくなるという仕組みになっていたのです。
最初は、「よし、この魚を大きくするために、1時間は絶対にスマートフォンを触らないぞ」と意気込んでいました。 確かに、最初の数日間はうまく機能していた時期もありました。 画面の中で少しずつ成長していく魚を見るのは、それなりに楽しかったのです。 しかし、人間の心というのは不思議なものです。 何日か経つと、ふと冷静になって、画面の中で泳ぐ魚を見つめながら、自分自身にこんな疑問を抱くようになりました。
「そもそも私は、別に魚を育てたいわけじゃないのではないか。」
そうなんです。 私は医学部に合格するために勉強しているのであって、スマートフォンの中で架空の魚を大きくすることに何の情熱も持っていませんでした。 魚が育とうが育つまいが、私のリアルな人生には何の影響もないことに気づいてしまったのです。 その瞬間にアプリの魔法は解け、結局またスマートフォンを触ってしまうという元の状態に戻ってしまいました。 小手先のアプリやツールで自分の意志をコントロールしようとしても、根本的な解決にはならないのだと痛感した出来事でした。
物理的な遮断という根本的な解決策
魚のアプリが微妙な結果に終わった後、私はもっと物理的で根本的な解決策を取ることにしました。 それは、「そもそもスマートフォンを持っていかない」という決断です。
私の通っていた高校は、スマートフォンを持っていくこと自体は許可されていましたが、学校の敷地内で触ることは禁止されていました。 そして、私の移動手段はすべて自転車でした。 朝、家から学校まで自転車で向かい、授業が終わればそのまま自転車で塾へと直行し、夜になるとまた自転車で家に帰るという生活です。 よくよく考えてみれば、自転車をこいでいる最中にスマートフォンは使えませんし、学校でも使えないのだから、日中にスマートフォンが必要になる場面など全くなかったのです。
最初は塾にスマートフォンを持っていき、自習室で勉強している時にこっそり触ってしまうこともありました。 しかし、思い切って朝家を出る時に、潔くスマートフォンを机の上に置いていくことにしたのです。 物理的に手元になければ、塾の自習室で勉強している時に「SNSを見たい」という誘惑に駆られることすらありません。 これが、私にとって一番効果的なスマートフォン対策でした。
第二章 家では勉強しないという非常識な選択
家は休む場所というメリハリの極意
「とはいえ」、ここで皆さんに驚かれるかもしれない私のルールがあります。 それは、「家に帰ってからは、スマートフォンを完全に自由に使い、勉強は一切しない」ということです。
私は、家というリラックスする空間で、机に向かって集中して勉強することがどうしてもできないタイプでした。 ベッドの誘惑や、テレビの音、冷蔵庫の食べ物など、家には気が散る要素が多すぎたのです。 参考書を開いてみたところで、5分後にはベッドに横になってしまう自分の弱さを、私は誰よりも知っていました。 多くの先生は「家でも勉強する習慣をつけなさい」と言いますが、私は思い切って「家は休む場所、塾は勉強する場所」と完全に分けてしまいました。
塾で夜まで全力で勉強し、家に帰ってきたらもう勉強のことは忘れて、自由にスマートフォンでSNSを見たり、好きなことをして過ごすのです。 この極端なメリハリがあったからこそ、日中の塾での勉強にすべての集中力を注ぎ込むことができました。 「家では勉強しない」という非常識な選択が、結果的に私の精神的なバランスを保ち、長丁場の受験勉強を乗り切るための最大の武器になりました。
一般的に言われる「四六時中勉強しなければならない」というプレッシャーは、時に受験生の心を壊してしまいます。 人間には必ず休息が必要です。 私にとっては、家に帰ってからの時間がその休息であり、その時間はスマートフォンを自由に触ることで、翌日の勉強に向かうエネルギーを充電していました。
浪人時代の環境変化と手放せなくなったスマートフォン
現役での不合格を経て、私の生活環境は大きく変わりました。 浪人時代は、家から少し離れた予備校に通うことになったため、移動手段が自転車から電車に変わったのです。
電車の中での長い移動時間や、不測の事態に備えるため、浪人中は毎日スマートフォンを予備校に持っていくようになりました。 現役時代のように「家に置いていく」という物理的な遮断ができなくなったのです。 手元にスマートフォンがある状態で、どうやって誘惑と戦うのか。 新しい制限アプリを入れるべきか、それとも強い意志で我慢するべきか。 私は悩みましたが、結果的に「特に厳しい制限を設けない」という結論に至りました。
自習室の机の上にスマートフォンがある状態でも、私はあえて何も対策をしませんでした。 これだけ聞くと、またSNSの沼にはまってしまうのではないかと心配されるかもしれません。 しかし、現実は全く違う方向へと進んでいきました。
第三章 浪人生活とSNSの残酷なリアル

キラキラ輝く大学生の友人たち
なぜ制限をしなかったのか。 それは、浪人生活という特殊な環境が、私の心境に大きな変化をもたらしたからです。
浪人生になると、高校時代に仲の良かった友人たちの多くは、現役で大学に進学していきます。 そして彼らは、InstagramなどのSNSに、キャンパスライフを楽しむ様子や、サークル活動、アルバイト、友達との旅行といった、キラキラと輝く写真をアップするようになります。
予備校の薄暗い自習室で、分厚い参考書と向き合いながら、ふと休憩時間にスマートフォンを開くのです。 そこには、自分だけが取り残され、違う世界で楽しそうに笑っている友人たちの姿が映し出されています。 その写真を見るたびに、胸が締め付けられるような、言葉にできない辛さと孤独感が押し寄せてきました。
「どうして私だけ、こんな苦しい思いをしているのだろう。」 そんな黒い感情が芽生えてしまう自分自身に対しても、激しい嫌悪感を抱いていました。
友人たちは何も悪くありません。 彼らはただ、楽しい日常を共有しているだけです。 しかし、浪人という先の見えない不安の中にいる私にとって、その眩しすぎる日常は、見ているだけで心を深くえぐる鋭い刃物のようなものでした。
自然なスマホ離れという境地
この強烈な精神的苦痛を何度も味わううちに、私の中に一つの変化が起きました。 「もう、SNSを見たくない。」 そう、心底思うようになったのです。
無理に我慢しているわけではありません。 見ると自分が傷つき、勉強へのモチベーションが下がってしまうことが痛いほど分かったため、自然とスマートフォンの画面を開く回数が減っていきました。 高校生の時はあんなに夢中になっていたSNSが、浪人という環境においては、ただの「心をえぐる道具」に変わってしまったのです。
その結果、私は特別な制限アプリなどをしなくても、休憩時間に少しだけ連絡をチェックし、すぐにまた勉強に戻るというペースを自然に確立することができました。 もちろん、どうしても触ってしまうという人は、スマートフォンに標準でついている「アプリの時間制限機能」を使って、特定のアプリは1日何分までと設定するのも良い方法だと思います。 今はいろいろな制限アプリがあるので、それらを活用して勉強できる環境を作るのも素晴らしい選択です。
しかし、最も強いのは、「自分にとって今は何が一番大切で、何が不必要な情報なのか」を心から理解し、自然な距離感を保てるようになることだと、私は自身の経験から学びました。 スマートフォンとの戦いは、最終的には自分自身の心との戦いなのです。
第四章 孤独な受験を乗り越えるための相談相手

誰に弱音を吐けばいいのかという葛藤
さて、ここからはテーマを大きく変えて、受験生にとって最も切実な問題の一つである「悩みの相談相手」についてお話ししたいと思います。
医学部受験というのは、底なし沼のようなものです。 どんなに勉強しても、模試の判定が思うように上がらない日が続きます。 特に浪人生活は、社会とのつながりが希薄になり、毎日自分自身とだけ向き合い続けるため、心が簡単に折れそうになります。
「このまま一生、医学部に受からないのではないか。」 そんな巨大な不安が押し寄せてきた時、人は誰かに話を聞いてもらいたくなります。 一人で抱え込んでいると、不安はどんどん膨らみ、やがては勉強に向かう気力すら奪い去ってしまうからです。
しかし、ここで大きな壁にぶつかります。 「一体、誰に相談すればいいのか」という問題です。
学校の先生や予備校のパンフレットには、「同じ目標を持つ仲間と励まし合いましょう」と書かれています。 確かに、同じ予備校に通う医学部志望の友人たちは、置かれている状況が似ているため、気持ちを理解してくれそうに思えます。 休み時間に少し言葉を交わすだけでも、一人ではないと感じられるのは事実です。
しかし、現実はそう綺麗事ではありませんでした。 予備校にいる友人たちも皆、それぞれが深い悩みやプレッシャーを抱え、ギリギリの精神状態で必死に勉強しています。 そんな彼らに対して、自分の「点数が伸びなくて辛い」「もうやめたい」といったネガティブな感情をぶつけることは、相手の重荷になってしまうのではないかと遠慮してしまいました。
「私が弱音を吐いたら、この子の集中力を乱してしまうかもしれない。」 そう思うと、どうしても本当の辛さを口に出すことができません。 それに、心のどこかでライバル意識もあり、自分の弱みを完全に見せることへの抵抗感もありました。
結局、同じ環境にいる人だからこそ、気を遣ってしまって本当の相談ができないというジレンマに陥ってしまったのです。 受験の悩みは、同じ受験生にはなかなか話しづらいというのが、私の感じたリアルな感覚でした。
完璧に役割分担された両親の存在
情報収集と冷静なアドバイスをくれる父親
そんな孤独な状況の中で、私を最も支えてくれたのは「家族」、特に両親の存在でした。 私の家庭では、受験に対する両親の役割が見事なまでに分担されており、それが私にとって最高の環境だったのです。
まず、勉強や受験の戦略について相談に乗ってくれたのは、父親でした。 私は小さい頃から、本屋さんに売っているようなドリルを解くのが好きでした。 しかし、両親から「勉強しなさい」と強制された記憶は一度もありません。 上に姉たちがいましたが、彼女たちも勉強を強制されている様子はなく、私は「学校のテストで悪い点数を取るのは自分が嫌だから勉強する」という、自発的な姿勢で育ちました。
高校生になり、進路を本格的に考える時期が来ました。 私は幼い頃、保育園の先生になりたいという夢を持っていました。 その時、父親は「保育園の先生になりたいなら、こういう大学や学部があるよ」と、熱心に調べて教えてくれました。 その後、私の興味が医療系へと変わっていった時も、父親は「医療系ならこの大学のこの学部が良いんじゃないか」「医学部を目指すならこういう道があるよ」と、常に最新の受験情報を集め、冷静なアドバイスをくれました。
父親は単身赴任をしており、平日は家にいませんでしたが、土日に帰ってきた時には、大学の話や模試の結果についてゆっくりと話し合うことができました。 ありがたかったのは、父親からは決して「模試の点数が悪いじゃないか」と責め立てるようなことは言われなかったことです。 あくまで私が相談した時に、客観的なデータや情報に基づいて、的確なアドバイスをくれる。 まさに、頼れる「進路指導の先生」のような存在でした。
メンタルを支える母親の無償の愛
一方で、私のボロボロになりそうなメンタルを優しく包み込んでくれたのは、母親でした。
母親自身は、学生時代にガツガツと受験勉強をしてきたタイプではなかったらしく、「お母さんは受験の難しいことはよく分からないから」といつも言っていました。 だからこそ、勉強の進捗や偏差値について、口出ししてくることは一切ありませんでした。
しかし、その「何も言わずに見守ってくれる姿勢」が、どれほど私の心を救ってくれたか分かりません。 模試の点数が絶望的に悪くて、泣きそうな顔をして家に帰った夜。 母親は、具体的な勉強のアドバイスはしませんが、ただ私の隣に座って、「大丈夫だよ、頑張っているじゃない」と優しく慰めてくれました。
私は先ほどもお話しした通り、家では勉強しないタイプで、夜遅くまでずっと外の塾や予備校の自習室にこもっていました。 母親は、そんな私のために毎日欠かさずお弁当を作ってくれました。 そして、「今日は疲れたから、夜ご飯は家で食べる」と急に連絡をした時でも、帰る時間に合わせて温かいご飯を用意して待っていてくれました。 疲れた体で家に帰り、リビングのテーブルに置かれた温かいお弁当箱を開けた時の、あの湯気と匂いは今でも忘れられません。 言葉にしなくても、「頑張っているね」というメッセージが痛いほど伝わってきました。 その温かいご飯を食べるだけで、冷え切った心が少しずつ溶けていくのを感じました。
共通テストが終わった後も、父親とは出願校のデータや戦略について話し合いましたが、母親は「真菜が行きたいと思うところに行けばいいよ。どこでも応援するから」と、ただひたすらに私の背中を押してくれました。 日常の生活を支え、無条件の愛情でメンタルを安定させてくれる。 母親は私にとって、絶対に安心できる「心の拠り所」でした。 予備校の先生にも受験についての相談はしていましたが、やはりメンタル的な悩みを一番に相談できるのは母親でした。
思春期の葛藤と地元の親友の存在
「とはいえ」、家族だからこそ相談しにくいという、思春期ならではの葛藤もありました。 例えば、母親に泣き言を聞いてもらいたいタイミングでも、リビングに姉たちがいると、なんとなく恥ずかしくて素直な気持ちを打ち明けられないことがありました。
「お母さんに話を聞いてほしいけど、今リビングに行ったらお姉ちゃんがいるな。」 「今ならお母さん一人だから話せるかな。」
そんな風に、ドアの向こうの様子を伺いながら、相談するタイミングを見計らうのは、少し大変でした。 家族の目があるからこそ、自分の弱い部分をさらけ出すのに勇気がいる時期だったのです。 今となっては、それも思春期らしい良い思い出です。
そして、家族以外で私を支えてくれたもう一人の大切な相談相手が、小学校から高校までずっと一緒だった地元の仲の良い友人でした。
その友人は、現役で地元の大学に進学し、すでにキャンパスライフを送っていました。 医学部受験生でもなく、浪人生でもない彼女は、私の抱える具体的な勉強の悩みは分からなかったかもしれません。 しかし、だからこそ良かったのです。
模試が終わって精神的に疲れ果てた日の夜、私は彼女に連絡を取り、一緒にご飯を食べてもらいました。 予備校の重苦しい空気とは無縁の彼女と、昔からの思い出話で笑い合ったり、ただ単に「もう勉強したくないよ」と愚痴をこぼしたりするだけで、張り詰めていた糸がふっと切れたように、私の心の中の黒いモヤモヤはスッと晴れていきました。 自分の弱さを隠さずにすべてをさらけ出せる親友の存在は、孤独な浪人生活における一筋の光でした。
私は結局、深く相談していたのは、両親と、このずっと仲良しだった地元の親友くらいでした。
「というわけで」、人それぞれ相談しやすい相手や、内容によって話せる相手、話しにくい相手がいるのは当然のことです。 大切なのは、自分が一番話しやすくて、相談した後に嬉しい返事や安心できる言葉をくれる人を見つけることだと思います。 絶対に一人で抱え込まないでください。 受験は、誰かに吐き出すだけでも、本当に心が救われるものです。
終わりに 自分だけの心地よい環境と味方を見つけること
今回は、私が実践した「家では勉強しないというメリハリとスマートフォンの物理的遮断」について。 そして、浪人生活の中で感じたSNSの辛さと、両親や親友に支えられた「相談相手の選び方」について、たっぷりと語らせていただきました。
読者の皆さんが今抱いている「どうしてもスマートフォンを使ってしまう自分への嫌悪感」や「この辛い気持ちを誰にどうやって伝えればいいのか分からないという孤独感」は、私がかつて自習室の机で、自分の不甲斐なさにため息をつきながら毎日痛いほど感じていた感情と全く同じものです。
今日お話ししたように、家で勉強できないなら、無理に家で勉強する必要はありません。 家を「スマートフォンを自由に触って休む場所」と割り切り、その代わり外の自習室では物理的にスマートフォンを手放して死に物狂いで勉強する。 そんな極端なメリハリも、立派な合格への戦略です。 自分にとって一番集中できる環境を、自分の頭で考えて作り出してください。
そして、悩みを抱え込むのは絶対にやめましょう。 相談相手は、予備校の先生でも、情報通の父親でも、ただ話を聞いてくれる母親でも、関係のない世界にいる親友でも、誰でもいいのです。 大切なのは、「自分が一番話しやすくて、話した後に心が少しでも軽くなる相手」を見つけることです。 人それぞれ、話しやすい相手や内容は異なります。 遠慮せずに、周りの人を頼り、自分の辛い気持ちを言葉にして吐き出してください。
長く苦しい受験生活、特に模試の判定が返ってくる時期は、自分が本当に医学部に行けるのか、涙が出るほど不安になる夜もあると思います。 しかし、あなたが今、スマートフォンを置いて自習室に向かうその後ろ姿を、そして、涙をこらえて机に向かっているその努力を、必ず誰かが見守ってくれています。
どうか、自分自身の選んだ戦略と、あなたを支えてくれる温かい味方の存在を信じて、今日やるべき目の前の勉強に全力で向き合ってください。 あなたが納得のいく結果を掴み取り、春に笑顔で医学部の門をくぐれることを、宮崎の地から心より応援しています。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。 一緒に頑張りましょう!ローカルメディでお待ちしております!
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