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【宮崎大医学部】E判定でも折れない!予備校の天才への劣等感克服と逆転勉強法

こんにちは!

宮崎大学医学部医学科の竹内壮吾です!私は現役時代の受験を経て、1年間の浪人生活を河合塾で過ごし、現在は宮崎大学医学科にご縁をいただき、充実した医学生としての日々を送っています。本日はよろしくお願いいたします。

今日はこんなことを書きたいと思います。 医学部を目指す受験生の皆さんにとって、切っても切り離せない存在である「模試の判定との向き合い方」。そして、予備校や学校という閉鎖的な空間の中で、自分よりも圧倒的に頭の良い同級生たちを目の当たりにして「完全に自信を喪失してしまった時の立ち直り方」についてです。

一般的に、受験界隈では「医学部に合格するためには、常に模試で良い判定を取り続けなければならない」という常識が語られがちです。また、ライバルとの関係性においては「周りの受験生に負けないように、常に競争心を燃やして模試の順位で勝たなければならない」というような熱血なアドバイスがされることが多いように感じます。

しかし、私はその二つの考え方に対して、少しだけ疑問と新しい視点を持っています。 今日は、私が現役時代に受けた模試が、共通テスト模試も含めて見事なまでに「すべてE判定」だったという少し恥ずかしい事実や、浪人時代に直面した「上のクラスの天才たち」に対する強烈な劣等感を、どのようにはね除けていったのかというリアルな思考回路をお話しします。 さらに後半では、他人への嫉妬を捨てて「優秀な人に勉強法を聞きに行く」という具体的なアクションの重要性と、周りのライバルではなく「合格最低点」という絶対的な数字から逆算する戦略について、たっぷりと語っていきたいと考えています。

今、果てしなく高い医学部の壁を前にして、毎日机に向かっている中高生の皆さん。 そして、朝から晩まで予備校の重苦しい空気の自習室にこもり、「自分の判定がずっとEのままで、もう諦めた方がいいのだろうか」「上のクラスのやつらはあんなに難しいテキストをスラスラ解いているのに、自分は基礎の問題でつまずいていて情けない」と、見えない未来への恐怖に不安を抱きながら浪人生活や再受験に挑んでいる社会人や浪人生の皆さん。

「返ってきた模試の成績表を開く手が震え、そこに無情にもプリントされた『E判定』という文字を見た瞬間、自分のこれまでの努力がすべて否定されたような気がして、目の前が真っ暗になってしまう」 「予備校の廊下で、自分より上のクラスの生徒たちが、自分が全く理解できなかった数学の難問について笑いながら議論しているのを聞いて、激しい劣等感と孤独感に襲われる」 「毎日朝早くから夜遅くまで机に向かっているのに、どうしても超えられない壁を感じて、自分には医学部に入るだけの才能が最初から備わっていなかったのではないかと絶望する」

そんな風に思い悩んでしまうこと、ありますよね。そのお気持ち、私には痛いほどよく分かります。 私も受験生時代は、模試の成績表を見ては深いため息をつき、自分よりもはるかに優秀なライバルたちの背中を見ては「自分なんてどうせダメだ」と一人で葛藤していた、ごく普通の受験生だったからです。

しかし、私が悩み抜いた末に宮崎大学医学科に合格できた道のりを振り返ってみると、決して「最初から最後まで模試で無双し続けたから」でも、「周りの天才たちに学力で完全に打ち勝ったから」でもないという真実が見えてきます。 今日は、皆さんが心の中に抱えている「なぜ模試の判定が上がらないのか」「周りが優秀すぎて辛い」という深い不安に優しく寄り添いながら、明日からの勉強が少しでも前向きになるような、心がスッと軽くなるヒントを、私のリアルな経験を交えてお話しさせていただきます。

目次

E判定の連続。現役時代の無謀な挑戦と冷静な視点

第一志望欄に書き続けた「E判定」の軌跡

医学部受験において、自分の現在の立ち位置を測るために欠かせないのが「模試」です。 そして、多くの受験生が最も心をすり減らすのが、模試の成績表に印字される「判定」のアルファベットだと思います。

私の現役時代の模試の判定がどのようなものだったか、正直にお話しします。 現役の頃、私は模試の志望校欄に、地方の国公立大学医学部や、時には無謀だと分かっていながらも「名古屋大学医学部」といった非常にレベルの高い旧帝大の名前を書いていました。 自分の中でも、到底届かない目標であることは痛いほど分かっていました。しかし、あえて高い目標を掲げることで自分を奮い立たせようとしていたのです。

その結果がどうだったかと言うと、どんな国公立大学の医学部を書いても、見事なまでに「全部E判定」でした。 記述模試はもちろんのこと、マーク式の共通テスト模試であっても、綺麗にE判定が並んでいました。 高校3年生の最後の最後、共通テスト本番が終わった後に自己採点の結果を様々な予備校のシステム(バンザイシステムなど)に入力した時、ようやくどこかの大学で「C判定」が一つだけ出たかな、というくらいです。 それ以外の期間は、本当にずっとE判定の嵐でした。

普通なら、これだけE判定が続けば「もう自分には無理だ」「志望校を変えよう」と完全に心が折れてしまう人が多いと思います。 現役生であればなおさら、周りの友達が少しずつ判定を上げている中で、自分だけが最低の判定を取り続けるのは非常に辛い経験です。

E判定でも心が折れなかった本当の理由

「とはいえ」、当時の私は、この連続するE判定を見ても、そこまで深く落ち込んだり、絶望したりすることはありませんでした。 なぜなら、私は現役生であり、「浪人生が圧倒的に有利な模試の判定でEが出るのは、ある意味で当然のことだ」と割り切っていたからです。 「現役生は直前まで伸びる」という言葉を信じていたので、判定のアルファベットそのものを気にするよりも、もっと別の部分に強く焦点を当てて模試を活用していました。

私がE判定の成績表を握りしめながら常に考えていたのは、「この模試の、この問題は、今の自分の頭で思考できるレベルの問題だったのか」ということです。

模試の復習をする時、私はまず問題全体を見渡しました。 そして、「今の自分の学力でも、少し考えれば解けたはずの問題」と、「どう足掻いても全く手も足も出ない、完全に知識の範囲外の問題」とを、冷静に切り分ける作業を行っていました。

「この計算ミスさえなければ、この大問は最後まで解き切れていたな。」 「この問題は、授業で習ったあの公式を使えば、今の自分でも十分にアプローチできたはずだ。」 そんな風に、自分が取りこぼしてしまった「取れるはずだった問題」を徹底的に分析し、それがもし本番で取れていたとしたら、自分の点数はどれくらいまで伸びるのだろうか、ということを頭の中でシミュレーションしていました。

全く歯が立たない問題があることは、現役生としては仕方のないことです。 しかし、自分が持っている手持ちの武器(知識)で解けるはずだった問題を取りこぼすことは、本番での致命傷に繋がります。 だからこそ、私は模試の「判定」ではなく、「自分が今、どこまで思考できるのか」という現在地の確認ツールとして、模試を徹底的に使い倒していたのです。 結果的に、模試の点数に一喜一憂しなかったことが、現役時代の精神的な安定に繋がっていたのだと思います。

浪人時代のリアル。判定は右肩上がりにはならない

C判定の壁と、旧帝大への憧れ

現役での不合格が決まり、私は1年間の浪人生活をスタートさせました。 浪人生になれば、現役時代のような「まだ習っていないから解けない」という言い訳は通用しません。 私は、より高い目標を目指して勉強に励みました。

浪人時代の模試では、名古屋市立大学や北海道大学の医学部、そして九州大学、神戸大学といった、旧帝大やそれに準ずる非常に難易度が高い医学部を志望校欄に書いていました。 「浪人して毎日これだけ勉強しているのだから、きっと秋くらいにはA判定がバンバン出るようになるだろう。」 そんな甘い期待を抱いていたのですが、現実はやはりそんなに簡単なものではありませんでした。

浪人生活の最初の頃、現役生がまだ本格的な対策に入っていない春から夏にかけての模試では、C判定や、たまにB判定が出ることがありました。 「おっ、浪人の効果が出ているぞ」と少し嬉しくなったのを覚えています。 しかし、秋になり、冬が近づいてきても、私の判定がそれ以上に劇的に上がることはありませんでした。

旧帝大の医学部に関しては、最後までずっとC判定やD判定が続きました。 地方の国公立大学の医学部であれば、A判定やB判定、C判定が出ることもありましたが、私が本当に憧れていたトップレベルの大学については、常にC判定とD判定の間を行ったり来たりしている状態でした。 受験体験記などによくある、「秋の模試で突然成績が爆発し、憧れの大学でA判定を連発しました!」というようなドラマチックな展開は、私には一切訪れなかったのです。

冠模試で測る「本当の自分の実力」

浪人してもなかなか良い判定が出ない。この事実は、私に少なからず焦りを感じさせました。 しかし、現役時代の経験があったからこそ、私はここでパニックにならずに冷静さを保つことができたのです。

私は、一般的なマーク模試や記述模試の判定よりも、九州大学などを志望する受験生が受ける「オープン模試(冠模試)」の結果を非常に大切にしていました。 冠模試というのは、本番の入試と全く同じ傾向、同じ問題数、同じ制限時間で作られています。 例えば、本番の数学が5問構成であれば、模試も全く同じように5問構成で行われます。

私はこの冠模試を受けた時、「判定」を見る前に、まずは「自分が本番と同じプレッシャーの中で、5問中何問解けたのか」という事実を徹底的に検証しました。 「このレベルの問題セットの中で、自分は2問完答できた。あと半分の部分点が取れれば、合格ラインに届くかもしれない。」 そうやって、本番の疑似体験としてのデータを集めることに集中したのです。

失敗を「間違っていない証明」に変える

もし冠模試で判定が悪かったとしても、私はそれをただ悲観するのではなく、「自分の勉強法を見直すための最高のヒントだ」と捉えるようにしました。 判定が悪いということは、逆に言えば「自分が本番で落ちる可能性のある穴を、今のうちに事前に見つけることができた」という証明でもあります。

そして、その点数が取れなかった原因を、深く深く掘り下げていきました。 「これは、根本的な学力が足りていないから解けなかったのか。」 「それとも、学力は足りていたのに、本番特有の焦りで視野が狭くなり、あり得ないケアレスミスや計算ミスをしてしまったからなのか。」 この「学力不足」なのか、それとも「実力発揮の失敗」なのかを明確に切り分ける作業は、その後の勉強の方向性を決める上で非常に重要です。

もし単純に学力や知識が足りていないのであれば、もう一度参考書に戻って基礎を詰め直すしかありません。 しかし、もし計算ミスや時間配分などの「実力発揮の失敗」が原因であれば、次から「どうすればそのミスを防げるか」という具体的な対策を立てるだけで、点数は跳ね上がります。 「この分野の知識をしっかり埋めれば、次はB判定やA判定のラインに乗るはずだ」と、全国のライバルたちの点数分布と自分の現状を照らし合わせながら、冷静に次の計画を立てていく。 模試というのは、会社が計算して出したただの数字の羅列です。それを見て一喜一憂し、モチベーションの材料にするのも良いですが、本当の価値は「冷静な分析」にこそあると私は信じています。

圧倒的な才能の壁。予備校の上のクラスへの絶望

河合塾での浪人生活と、見上げてしまった壁

さて、ここからはもう一つの大きなテーマである「周りが優秀すぎて自信をなくしてしまった時の立ち直り方」についてお話ししたいと思います。

浪人時代、私は河合塾に通って毎日朝から晩まで勉強に明け暮れていました。 医学部を目指すコースに所属していたのですが、河合塾のシステムでは、成績によってクラスがはっきりと分けられています。 そして、私の所属するクラスの上には、もう一つ「トップレベル」の優秀な生徒たちが集まるクラスが存在していました。

予備校という閉鎖的な空間にいると、どうしても周りの生徒たちの動向が気になってしまいます。 自習室でのペンの進み具合、休み時間の会話、そして掲示板に張り出される模試の成績優秀者の名前。 上のクラスの生徒たちは、私が何時間も悩んでようやく理解できるような難解なテキストを、いとも簡単にスラスラと解き進めていました。

「あいつら、あの問題をもう解き終わったのか。」 「模試の偏差値、なんであんなに高いんだろう。」 彼らの圧倒的な学力の高さを目の当たりにするたびに、私の心の中にはどす黒い劣等感と、深い絶望感が広がっていきました。 「自分なりに一生懸命頑張っているつもりだけれど、あの上のクラスの天才たちには、どう足掻いても勝てないのではないか。」 「あんなに頭の回転が速い人たちばかりが受かる世界に、自分のような普通の人間が挑戦すること自体が間違っていたのではないか。」 自信は完全に打ち砕かれ、自習室の机に向かっていても、不安で全く勉強が手につかなくなる日が何度もありました。

諦めるのは簡単だ。しかし、それでは何も変わらない

皆さんも、学校や予備校で同じような経験をしたことがあるのではないでしょうか。 自分よりもはるかに優秀な同級生を見て、「こいつは生まれつき頭の作りが違うんだ」「自分は天才じゃないからダメなんだ」と、才能という言葉を言い訳にして、戦う前から白旗を上げてしまうこと。 それは、傷つきたくないという人間の防衛本能であり、ある意味でとても自然な感情です。

「天才だから仕方ない」と諦めてしまえば、これ以上惨めな思いをすることはありません。 しかし、私はその時、ふと考えました。 「ここで諦めて、彼らを『自分とは違う生き物』として片付けてしまったら、自分の成績は一生このままだ。医学部には絶対に届かない。」

私は、自信をなくしてただ落ち込んでいるだけの自分に終止符を打つため、非常に勇気のいる、ある一つの行動を起こすことに決めました。

プライドを捨てて聞きに行く。「なぜできるの?」の力

上のクラスの生徒に話しかける勇気

私が取った行動。それは、「自分より優秀な上のクラスの人たちと仲良くなり、彼らに直接勉強法を聞きに行くこと」でした。

これは、口で言うのは簡単ですが、実際にやるのは非常に勇気がいることです。 自分よりも圧倒的に成績が良い相手に対して、「どうやって勉強しているの?」「なんでそんなに点数が取れるの?」と教えを乞うのは、自分のプライドをへし折るような惨めさを伴います。 「そんな基礎的なことも分からないの?」と馬鹿にされるかもしれないという恐怖もありました。

しかし、私はその恐怖よりも、「医学部に受かりたい」「彼らの頭の中を知りたい」という思いの方がはるかに強かったのです。 私は意を決して、上のクラスの生徒に話しかけ、交流を持つようにしました。 すると、彼らは私の想像とは全く違い、非常に優しく、そして丁寧に自分の勉強法や思考プロセスを教えてくれたのです。

天才の裏にある「緻密な戦略」を知る

彼らの話を聞いて、私は大きな衝撃を受けました。 私は彼らのことを「生まれつきの天才で、何も苦労せずに問題を解いている」と勝手に思い込んでいました。 しかし、実際に話を聞いてみると、彼らもまた、見えないところで膨大な努力をし、独自の緻密な戦略を持って勉強に取り組んでいたのです。

「この参考書のこの部分は、こういう視点でまとめ直すと覚えやすいよ。」 「数学のこの単元は、この公式の導出過程を理解しておかないと応用問題に対応できないよ。」 「模試の復習は、ただ答えを見るだけじゃなくて、こういう風にノートに分析を書き出しているんだ。」

彼らから教わった勉強のコツや物事の捉え方は、当時の私にとってまさに目から鱗が落ちるような発見ばかりでした。 私は、彼らから聞いたアドバイスを素直に受け入れ、自分の日々の勉強に少しずつ取り入れていきました。

その結果、どうなったと思いますか。 私自身の学力が、目に見えて向上し始めたのです。 もちろん、上のクラスの彼らに完全に追いつくところまではいきませんでしたが、彼らのエッセンスを吸収したことで、それまで越えられなかった壁を少しずつ乗り越えられるようになっていきました。

劣等感を「伸びしろ」に変換する

この経験から、私は受験生の皆さんに強くお伝えしたいことがあります。 もし周りに優秀すぎる人がいて、自信がなくなってしまった時。 「自分には才能がない」と諦めてシャッターを下ろすのではなく、「なぜその人たちはできるのだろう」と、徹底的に分析する側に回ってください。

プライドを捨てて、優秀な人に勉強法を聞きに行くこと。 それは決して恥ずかしいことではありません。むしろ、自分自身を成長させるための最も効率的で、賢い戦略なのです。 周りの人が自分より優秀に見えるということは、裏を返せば「自分にはまだまだ吸収できる知識ややり方がある」「自分にはまだ大きな伸びしろが残されている」ということです。

劣等感を感じるということは、あなたが本気で上を目指している証拠です。 その劣等感を「諦め」に変えるのではなく、「成長するためのヒント」としてポジティブに変換できた時、あなたの学力は劇的に進化していくと私は確信しています。

相対評価の罠からの脱却。本当の敵は「合格最低点」

模試の判定がもたらす「比較」の錯覚

周りが優秀すぎて自信をなくしてしまう原因の多くは、私たちが無意識のうちに「相対評価」で物事を考えてしまっていることにあります。 「あいつの偏差値は70なのに、自分は60しかない。」 「あいつはA判定なのに、自分はC判定だ。」 このように、常に他人と自分を比較する尺度として、模試の成績が存在しています。

しかし、「というわけで」、ここで少し立ち止まって考えてみてほしいのです。 模試の判定が良いからといって、その人が本当に絶対的な実力を持っていると言い切れるのでしょうか。

もちろん、優秀であることに間違いはありませんが、模試というのは出題される範囲や問題の相性が大きく影響します。 たまたまその人が得意な分野が多く出題されただけかもしれませんし、逆にあなたが苦手な分野ばかりが出題されただけかもしれません。 模試という限られた枠組みの中での点数比較だけで、「あいつの方が人間として優秀だ」「自分は絶対に勝てない」と決めつけてしまうのは、あまりにも早計であり、危険な思考回路です。

逆算の思考。敵は隣の席の彼ではない

受験において最も大切なのは、「周りの人よりも頭が良くなること」ではありません。 真の目的は、「自分が第一志望とする大学の入試本番で、合格最低点を1点でも上回ること」です。 この絶対的な事実を忘れてはいけません。

周りの優秀なライバルがどれだけ高い点数を取っていようが、彼らがあなたと同じ大学、同じ学部を受験しないのであれば、そもそも競争相手ですらないのです。 「あの人は東大や京大の医学部を目指しているのだから、成績が良くて当たり前だ。自分は自分の行きたい大学に行ければそれでいいのだ。」 そうやって割り切ることで、他人の成績に振り回されることは劇的に少なくなります。

では、私たちが本当に目を向けるべきものは何でしょうか。 それは、志望校の「赤本(過去問題集)」であり、「合格最低点」です。 毎年、大学が発表している合格最低点のデータは、インターネットで検索すればすぐに手に入ります。

自分が目指す大学の合格最低点が、例えば1000点満点中650点だとします。 そうしたら、「この650点を取るために、自分は英語で何点、数学で何点、理科で何点取ればいいのか」を細かく逆算していくのです。 「英語は得意だから7割を狙おう。数学は苦手だから、この大問とこの大問を確実に取って5割を死守しよう。」 このように、合格するためのパズルを自分自身で組み立てていく。これこそが、絶対評価に基づく正しい受験戦略です。

周りとの比較ではなく、過去問との対話

自分が行きたい大学の過去問を解き、合格最低点までの距離を測り、足りない部分を1つ1つ潰していく。 この作業に集中していれば、自然と必要な学力は身についていきます。 隣の席で難しい参考書を広げているライバルを気にする暇があったら、自分の志望校の英語の長文をもう1題解く方が、はるかに合格に近づくはずです。

優秀な人は、あくまで「勉強法や考え方を参考にするための良きお手本」として存在させておけばいいのです。 その人と比べて自分を卑下する必要は全くありません。 あなたは、あなた自身の目標である「合格最低点」という絶対的な数字にだけ焦点を合わせ、そこに向かって一直線に進んでいけばいいのです。

終わりに:自分の足元を見つめ、確実な一歩を

今回は、医学部受験における模試のE判定との向き合い方、そして予備校で優秀な周りのライバルに自信を打ち砕かれた時の立ち直り方について、私のリアルな経験をもとにお話しさせていただきました。

読者の皆さんが今抱いている「模試の判定が怖くて見られない」「周りの人がみんな天才に見えて、自分だけが置いていかれている気がする」という深い葛藤と焦りは、私がかつて予備校の自習室の片隅で、見えない未来に怯えながら毎日感じていた感情と全く同じものです。

今日お話ししたように、模試の判定は、決してあなたを絶望させるためのものではありません。 E判定であっても、それは「今、自分が解ける問題と解けない問題」を明確に教えてくれる最高の分析ツールです。 そして、周りの優秀なライバルたちは、あなたを打ちのめすための敵ではなく、あなたが成長するための「最高の教科書」なのです。

他人への嫉妬や、無駄なプライドは今すぐ捨ててください。 分からないことがあれば、素直に優秀な人に聞きに行く勇気を持ってください。 そして、他人の模試の成績と比べる相対評価の罠から抜け出し、志望校の合格最低点という絶対的なゴールから逆算して、今日やるべき目の前の勉強に集中してください。

長く苦しい受験生活、心が折れそうになる日もたくさんあると思います。 しかし、あなたが今、悔し涙をこらえながら見つめているE判定の成績表も、プライドを捨ててライバルに教えを乞うたその行動も、必ず将来、大きな壁を乗り越えるための強い精神力に変わります。

どうか、焦らず、他人と比べず、自分の足元だけをしっかりと見つめて、今日やるべき一歩を確実に踏み出してください。 あなたが納得のいく結果を掴み取り、笑顔で医学部の門をくぐれることを、宮崎の地から心より応援しています。

最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。 一緒に頑張りましょう!

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この記事を書いた人

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